日本人ならば、お互いに負担を感じるようなことは、できるだけ避けようとする。また、相手に負担をかけさせていることで、こちらが負担を感じてしまう。ところが、韓国人では、相手の負担を背負ってこそ友だちであり、相手に負担をかけてこそ友だちなのである。このへんは、どうも日本人には理解できないようだ。
わかりやすい話をしてみよう。
ある日、土曜出勤をしている日本人ビジネスマンのところへ、ビジネスの取り引きもあり、家に招いたこともある韓国人の友人から電話がかかってきた。
「しばらく会ってませんね。いま、妻と一緒に日本に来ているんですが、少し相談したいこともあるし、明日は日曜日だから、二人であなたの家にうかがってもよろしいですか」
日本人ビジネスマンは、その月、とても多忙であった。
「今月は忙しくてね、明日も自宅で仕事をしなくてはならないんです。お相手をする時間はないですよ。私の妻は韓国語が話せないし、またこの次の機会にしませんか」
しかし、韓国人ビジネスマンは「いいじゃないですか、仕事のおじゃまはしませんよ」と、まるで取り合わない。それでも断わると、一応「わかりました」と言って電話を切ったが、少したってからまたかかってきて、「やっぱり行ってもいいでしょう?」と執《しつ》拗《よう》に言ってくる。日本人ビジネスマンは仕方なく、「ほんとにお相手できませんよ。それでもいいなら、どうぞ」と言って電話を切った。
そして、次の日、韓国人ビジネスマンはお土産《みやげ》の高《こう》麗《らい》人参を手に、奥さんを連れて彼の自宅へやって来たのだった。
友だちに負担をかけてこそ友だちであることの甲斐がある。また、「しょうがない奴だなあ」と言って友だちの無理を引き受けることが、少々困ることであっても、結局は嬉《うれ》しいことなのだ。そのようなイメージを浮かべて、友だちを喜ばせてあげようとする意識が、この韓国人ビジネスマンの頭にあることなのだ。
私も何度も同じような目にあって、いいかげんうんざりしているのだが、この場合、韓国人は次のようなことを考えてもいる。
「あの人は忙しくてなかなか友だちと会えない状態にある。そんなときには、こちらが強引にでも会ってあげた方がいい。そうしてあげないと、あの人は大事な友だちを失うことにもなってしまう」
韓国人は、「自分がしてあげるから相手がしてくれる」という関係をつくりたいのだ。
このパターンはビジネスの関係でもよくあることだが、相手に負担をかけたいのである。そして次には自分が負担をしたいのである。したがって、今度は逆に、日本人に言わせれば「親切の押し売り」「よけいなお世話」が始まることにもなってしまう。