いずれにしても、韓国では「社長あっての会社」なのである。そのため、誰もが、心のどこかに会社を主体にして仕事ができない気分を持っている。当然、会社の基本的な目的である「会社の持続」についても、韓国人の意識はきわめて稀薄なものとなっている。
各仕事の担当者がそれぞれ特権を持っているのである。仕入れは仕入れの特権を、販売は販売の特権をと、みんなが自分の特権をつくろうと努力している。自分が知っている仕事のノウハウを他の社員に教えるのをとても嫌がる。「自分がいなくては何も動かない」ということに、大きな誇りを感じるのである。
したがって、韓国の企業に仕事の問い合わせをしても、「担当者がいないからわからない」という答えがよくかえってくる。日本の会社では、担当者がいなくても代わりの人が答えられるシステムがよくできているが、そのようなシステムは自分の特殊性を無価値なものとしてしまうからと、韓国ではほとんど採用されていない。
ひとつの仕事の責任者が代われば、その仕事を進めるシステムも代わるのが韓国である。システムは責任者であった個人のものなのだ。
私がまだ日本のことをよく知らず、日本語学校へ通っていたときのことだが、教師がみな同じ教科書を使用しているのに、教え方にそれぞれ個性のあることには、ほんとうに感心した。担当の教師が休んでも、別の先生が出てきてスムースに教えてくれる。教え方に個性がありながら、教科書一冊をこなす流れが統一的にシステム化されている。このような制度では人が代わってもシステムは残る。
韓国では教師の存在を濃く感じさせられていたが、日本では教師の存在はとても弱いものに感じられた。なぜそうなのかがよくわかったと思えた。
私は韓国でも日本語学校へ通ったことがあるが、そこでは担当の教師が休むと、そのまま授業も休みとなることが多かった。教師によって教えるシステムがみんな違うから、代行授業では、いきなり教わったこともない内容となったり、すでに教わったことを再び聞かされたり、ということが起こり、いつも混乱していた。
ビジネスでもそんな具合だから、こんな不思議なこともしばしば起きている。
古くからの知り合いで、韓国で三十年以上の歴史を持つ出版社の社長がいた。彼は常々、「自分には息子がいないので、将来娘が結婚すれば、娘の夫に会社を譲ろうかと思う」と言っていた。最近、必要なことがあって連絡したら、会社がなくなっていた。あれほど歴史のある会社でも倒産することがあるのだなと思いながら、私は彼の親《しん》戚《せき》の人に事情を聞いてみた。すると、倒産したわけではなく、心臓マヒで社長が急死したため、会社が運営できなくなったのだという。
こうした話は他にもたくさんある。
かつて、通訳の仕事で、合弁を進める韓日企業の部長どうしの会見に立ち会ったことがある。話がうまく進んだので、私は当然合弁がなったと思っていた。しかし、後に日本側の部長と会って、合弁が失敗したことを知った。
韓国側の部長が問題を起こして会社を首になったため、合弁の話が進まなくなってしまったのだという。そのため、日本側の担当者である部長は、会社から「相手の部長が辞《や》めたからといって話が進まないという理由はないだろう、それなりの責任をとってもらうよ」と言われることになってしまったのである。