韓国人がことさらに3Kを嫌うのは、物を作る技術者をサンノム(常民)の下に位置づけ、卑しい人たちと見た李氏朝鮮時代の身分制度の価値観が、いまだにあとを引いているからでもある。だから、それは恥ずかしいことなのである。
日本の小学生の卒業アルバムを見せてもらっていて、最後に「将来こんな仕事をしたい」という子どもたちの声を収録した欄に私は大変に驚いた。なかに、調理師になりたい、美容師になりたい、タクシーの運転手になりたいという声が、たくさん目についたからである。
韓国には、大人になってそんな仕事をしたいという子どもはまずいない。もし子どもが調理師とか運転手になりたいとか言えば、親はそういう考えを叩《たた》き直すだろう。
技術者は卑しい——そう思っていた若いころの私は、あるとき日本人の友だちにその恋人を紹介され、名刺をもらって「○○社技術研究課」とあったので、内心「なんだ、彼女はたいしたことない人とつき合っているんだな」と思った。大学で「こんな人に会ったわよ」と友だちに名刺を見せると、みんな、「すごいじゃない、エリートよ。いいなあ彼女は」と言ってうらやましがるので、びっくりしたこともある。
近年、国が忠《チユン》清《チヨン》道《ド》のデジョン(大田)に理工系の技術者養成の学校を建て、高校の成績が一、二番の者に奨学金を出すといって募集したことがあった。一時的には集まったが、すぐに集まりが悪くなり、いまでも人気がない。韓国にいたときには私も技術者をなんとなく軽《けい》蔑《べつ》していた。
韓国人ホステスの間で「民族大移動」という言葉が流《は》行《や》っている。ホステス相手の商売が韓国からこぞって移動してくるのだ。美容室、洋服店、靴の修理、韓国人専門の不動産屋、レンタルビデオ、美容整形、ホストクラブ、など。第一線で日本人とわたりあっているホステスの懐《ふところ》をあてにしての来日である。
ここでも技術者は貶《おとし》められている。
新宿歌舞伎町に韓国人用の美容室が四つあるが、どの店もみな混み合っている。チップがあるので日本の倍はするのだが、同国人の気安さからよく繁盛している。ホステスの美容師に対する言葉使いはきわめてぞんざいだ。美容師たちは、「それもパルチャだからね」と言う(パルチャは『八字』と書き運命を意味する)。パンマル(目下の者に対するぞんざい語)を、自分たちのような職業の者に使うのは当然だというのである。
話はそれるが、金《キム・》日《イル》成《ソン》と自民党の金丸氏の会見のもようをテレビで見たときのこと。金日成は金丸氏に対して、「おお、よく来たな、元気か、楽にしてくれ」といった具合に、徹底してパンマルを使っていた。それを通訳は、必死になって礼をつくした日本語に訳して金丸氏に伝えているのだった。
さて、手に技術を持つ韓国人たちが盛んに日本へやって来るのは、ホステス狙《ねら》いであることに加えて、外国に行けば、卑しい職業をやっても平気でいられるからでもある。見栄っぱりの韓国人のこと、同国人の知り合いに、そういう自分を見られないですむからである。とくに親戚や地元の人に見られることが、最も恥ずかしいのである。
日本人の美容師さんと仲良くなってお宅におじゃましたときのこと。ご主人は自宅でクリーニング店を経営していて、彼女は土日はその手伝いもやっているという。その一人娘だという可《か》愛《わい》い女の子と話していて、彼女が「大きくなったら、お母さんみたいに、お父さんのお手伝いをしながら美容師さんをやりたい」と言ったのには驚いた。お母さんのようになりたいのはわかるにしても、なぜ、そんな卑しい職業をやりたいのか、当時の私には理解ができなかった。