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スカートの風193

时间: 2020-07-28    进入日语论坛
核心提示:ビジネスは一代で終わる技術を卑しいものと見るのもそのひとつだが、とかく韓国人は細《こま》々《ごま》としたことを嫌い、おお
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ビジネスは一代で終わる

技術を卑しいものと見るのもそのひとつだが、とかく韓国人は細《こま》々《ごま》としたことを嫌い、おおざっぱをよしとする。それに加えてヤンバン志向が強いので、小さな企業や店舗の経営者は、だいたいが子どもに後を継がせようとしない。継がせるに足らない小さなものと考える。そのため、日本のように、八百屋や魚屋で、その商売を何代にもわたってやってきたという店はまずない。
商店主などは、自分の仕事を小さな価値の低いものと考えて満足していない。子どもにはもっといい仕事をと考え、自分のヤンバンの夢を達成させたがるのだ。親が自分の夢を達成できなかった恨《ハン》を子どもによって溶かそうとするのである。
日本人のように、ひとつの仕事の歴史的な持続から、すばらしい製品、味、香りなど、どこにも負けないものが生まれる、といった発想はない。したがって、店の伝統を誇ることもない。歴史がつくり上げた仕事を引き受け、さらに自分が新たな仕事の歴史をつくって行こう——そう望むのではなく、常に他のもっとよい仕事をと考えているのだ。
私は蔵王の麓《ふもと》で、明治時代の初期から、代々葡萄ジュースのエキスを自家生産して売っている店に行ったことがある。みすぼらしいアバラ屋のような店だった。こんな店になぜ人気があるのだろうか? そう驚く一方で、そんなに人気があるのなら、なぜ事業を拡張し、大きく商売をしようとしないのかと思った。
同行の日本人に聞いてみた。
「大量生産で品質を落とすことを嫌がっているんだよ。だから一定量しか作らない。それで美《お》味《い》しく出来るし、作る量が少ないため、みんながこぞって買いに来るのさ」
日本の製造業が、一方で大量生産をおし進めていながら、品質を落とすことがないのはなぜなのか? 私は日本人の技術に対する姿勢の根本を見た思いがした。
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