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風に吹かれて12

时间: 2020-07-29    进入日语论坛
核心提示:モスクワの天保銭《てんぽうせん》 もう少しモスクワの事を書こう。モスクワの街を歩いていると、胸に大きなバッジをつけている
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モスクワの天保銭《てんぽうせん》

 もう少しモスクワの事を書こう。
モスクワの街を歩いていると、胸に大きなバッジをつけている男達をよく見かけた。夜のレストランなどにもバッジをつけている連中が少なくなかった。バッジと言っても、それはかなり大きなもので、一寸《ちょっと》した勲章のようでもあった。最初のうちはそれが何か分らずに、多分どこかの組合のマークだろうぐらいに思っていた。
ところが、モスクワに長くいる知人にたずねてみると、
「ああ、あれですか」
と苦笑して、「あれは大学卒業生のバッジなんですよ」
「大学卒のバッジ?」
「ええ。ほら、日本でもあるでしょう。よくバンドのバックルにいちょう《・・・・》のマークがついていたり、ワセダなどと横文字で彫り込んだ奴《やつ》などが」
「なるほど。するとソヴェートでも大学卒であると言う事が、一つの見栄《みえ》になり得るわけですね」
「勿論《もちろん》ですとも。大学卒業生はこの国のエリートです。殊《こと》にモスクワ大学出となると、日本の東大卒以上の権威をもってるんですな。モスクワ大学を卒業すると言う事は、この国の選ばれた人々の世界へ入ってゆく旅券を手にしたようなものです。それだけに卒業するのは大変ですがね」
モスクワ大学に入学するためには、勿論勉強が出来なくてはならない。競争率も激しいらしく、ソ連の高官や有名人達は子弟をモスクワ大学に入学させるために、一生懸命であるらしい。洋の東西を問わず裏口入学などの噂《うわさ》もある、フルシチョフが、地位を利用した入学運動を批判した事があるそうだ。
こうして苦心の末、やっと入学出来たとしてもそれから先が大変らしい。日本のように入ってしまえば何とか出られる、というわけのものではなく、入学するよりも卒業するほうが更に難《むず》かしいのだそうである。一度や二度は進級試験に落ちても、また受けなおす事が出来るが、それも限度があって余り何度もそれを繰り返していると学校を追い出されてしまう。モスクワ大学生は、部屋と生活費を国から支給されているので学生の身分を失うと、イコール失業という事になってしまう。それだけ厳《きび》しく仕込まれて卒業するのだから、モスクワ大学出は一種の優越感を持つのも無理は無いようにも思われる。
だが、胸に大きな学士様のバッジをつけて歩くのは地方から来た連中に多いそうで、気のきいた連中は少ないと言う話だった。
「僕らはあれを天保銭と呼んでいますがね」
と、その人は笑って言った。
ソヴェートにおけるエリートとは、官僚と文化人であろう。一時は共産党員の特権ぶりが目立った時代もあったそうだが、今はそれ程でも無いようだ。
行列を作っている群衆を尻《しり》目《め》に、ちらと党員証を見せて先に用を足す風景なども以前は見られたそうだ。そんな時、大衆がよく文句を言わないものだと不思議に思った。そもそもソヴェートの民衆は、さまざまな制限や、統制に対してひどく従順なところがある。これはドイツ風の事大主義ではなく、革命、内乱、戦争と、長い間の困難な道程が、それを必要としたからだろうと思う。
ソヴェートには目立った人種差別はなく、恐らく世界中で最も偏見の無い国の一つだろうと思うが、人種差別の代りに国民差別とでも言えるようなものがある。つまり、現在の中国人に対する民衆の反感などその一つであろう。中国人と間違えられて、不愉快な思いをした日本人旅行者もいる。つまり、或《あ》る人間に対する反撥《はんぱつ》が、〈人種〉ではなく〈国籍〉である事が特徴だ。
ユダヤ人に対する弾圧の歴史も、殆《ほとん》ど民衆の中から自然発生的に生じて来たものではなく、その時その時の為政者の政略的意向を反映したものであるようだ。肌《はだ》の色や髪の毛の違いに、これ程無頓着《むとんちゃく》な民衆も少ないのではないかと思う。
ソヴェートを旅行して、黄色人種であると言う事で差別された例を私はまだ聞いた事がない。
一度、小説の中でみみず《・・・》の闇《やみ》屋《や》の事を書いたら色んな人々からみみず《・・・》の闇屋とは一体何だと聞かれた。
ソヴェートでは最近レジャーブームで魚釣りのファンも大変な数である。どこで売っているのか知らないが魚の餌《えさ》を売っている店で品物が売り切れると、手に入らない事もある。公営の店であるからお客へのサービスなどと言う事にも余り関心が無いし、公務員である店員はあるだけ売ってしまうと後はニェートの一点張りとなる。だから小説やヒットソングの楽譜などは、あっと言う間に売り切れてしまい、楽譜の闇屋、本の闇屋などが現われる事になる。みみず《・・・》の闇屋と言うのも、その類《たぐ》いであろう。勿論値段は店で買うより高いに違いない。
趣味で作っていたアクセサリーを知人に頼まれて実費で分けているうちに、それが商売になってしまって検挙されたニュースを読んだ事がある。みみず《・・・》の闇商売が発覚して捕まった場合、裁判所が一体どういう判決を下すのだろうか。考えてみただけでも何となくユーモラスで面白い。
シベリア鉄道の中で車掌室の前を通りかかったら、専務車掌が腕まくりしてなまず《・・・》に似た大きな魚を料理していた。傍にこんろと鍋《なべ》が置いてあったから、多分煮て食うつもりに違いない。
「それは何と言う魚かね?」
と聞いたら〈オームリ〉と言う魚だと教えてくれた。バイカル湖て釣ったんだと言う。
「勤務時間中にそんな事をしていいのかい?」
と聞いたら、ぐいと飲む仕草をしてみせて、
「これでウォットカをやるとうまいぞ」
と言ってにやりと笑った。しばらくすると、私達が乗っている客車のキャビンの方までいい匂《にお》いが流れて来た。初めて海外旅行をしようという青年達に、私がソヴェート経由で行く事をすすめるのは、こういったひどく人間的な風俗にちょくちょくぶつかるからだ。いきなり白人社会の壁の前に立って、どうにもならない違和感を覚えるより、白人とアジア人の中間みたいなロシアを通過して行った方が楽ではないかと思う。
東京に江戸っ子と言う人種がいて、東京タワーなどに登った事はないのを自慢にするように、モスクワにもモスクヴィッチ(モスクワっ子)と言うのがいる。
ボリショイ劇場とモスクワ大学と経済博覧会に行った事が無いのが、本当のモスクワっ子だと啖《たん》呵《か》をきったお兄さんがいた。なるほど、一理あると言う気もする。
ただモスクワに関してだけは、一月前のニュースは、既にニュースではない。東京ほどのテンポではないが、ものすごいスピードで変ってゆきつつあるからだ。
大学出のおっさんが天保銭を誇らしげにつけて歩くような風景も、いずれ見られなくなるかも知れない。そのうちT・P・Oがどうの洋服のアンサンブルがどうのと言う時代になれば、ソ連人のバッジ好きも変ってこよう。別におしゃれの原則から言うのではないが、胸に色んな物をくっつけるのは余り恰好《かっこう》のいいものではない。バッジは、己《おの》れを他と区別しようとする気持のシンボルだからである。
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