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風に吹かれて21

时间: 2020-07-29    进入日语论坛
核心提示:サーカスの歌悲し 私の家の庭つづきに、J病院がある。そこの精神科の患者さんたちが、同人雑誌のようなものを作ったので、時た
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サーカスの歌悲し

 私の家の庭つづきに、J病院がある。そこの精神科の患者さんたちが、同人雑誌のようなものを作ったので、時たま相談に乗ることになった。
患者さんの中には、なかなかの文学青年や老年もおり、地元の新聞に度々《たびたび》入選しているような歌人もいて、油断はできない。時には六、七百枚の長篇などが持ちこまれて、ぎょっとさせられたりもする。全文改行なし、句読点なしの六百枚であるから、ジョイスやヌーボーロマンを読むより骨が折れる。
時に庭の世話をしてくれる患者さんがいて、この人がまた仲々の読書家である。だが、時々、話が前後したりすることがあって、こちらがあわてることもある。
「最近、誰々さんは良く書いとるなあ。少し書き過ぎとちがうんか」
などと言う。
「五木さんはどんな作家が好きかね」
「さあ。坂口安《あん》吾《ご》のエッセイなんか読んでるけど」
「坂口安吾か。坂口もいいけど、最近あんまり書いとらんようだな」
「え?」
相手があまり自信たっぷりだし、最近の文壇事情など手にとるように通じているので、私の方が不安になったりする始末だ。
 今朝、女房が一冊のスケッチブックを持って来た。やはりお隣りの入院患者さんで、二十をいくつか越えたばかりのH君のものだという。
H君は、うつ病と闘っている若い人である。以前に数回、自殺をはかったことがあり、つい先日も、犀川《さいかわ》の上流で危ないところだった。
〈青樹《せいじゅ》〉というガリ版刷りの雑誌に彼が書いた短文も、何かを感じさせるものがあったが、このスケッチブックを見て、私は或《あ》る種の興奮を禁じることができなかった。
それは表紙に、最近はやりの怪獣を印刷した、安っぽい子供用のスケッチブックである。〈水爆怪獣エイモンズ〉などと赤い活字が躍《おど》っているやつだ。
そのスケッチブックが、H君の手に渡って全く違うものになった。左のページに彩色された絵。右のページにスミで詩のような文章が書いてある。絵も、文章も、ひどく私をおどろかせた。正気と狂気の深淵《しんえん》をじっと見つめつづけて闘っているH君の、ぎりぎりの叫び声がそこにはあったように思う。
いつか私は、ジャズは一つの闘いの旗だ、と書いた。このH君の絵と、文章は、まぎれもなく彼の病との闘いの旗ではないかという気がした。
〈踊り子〉〈海にあこがれる〉〈サーカスの歌〉〈空を飛ぶニヒリスト〉〈逆立ち小僧〉〈凧《たこ》あげの少年〉〈売られた花嫁〉などの文章の一つを、ここに紹介しておきたいと思う。
H君はそれを、自分の命を絶とうと試みる日々の間に、病院の片隅《かたすみ》で書きつづけた。それは彼の孤独の対話であり、独《ひと》りだけの闘いだったのであろう。私はH君の幻想に満ちた絵を、ここに示せないことを残念に思う。いま、戦後二十二年を経て、私たちの周囲は、声高に叫び合う活気のある声に満ちている。その世界の片隅で、ひっそりと自分だけのつぶやきを呟《つぶや》く、孤独な兵士たちのことを、私たちは忘れ過ぎてはいないだろうか。
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