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風に吹かれて29

时间: 2020-07-29    进入日语论坛
核心提示:秋空に 響く爆音 隼《はやぶさ》機 隼機とは、当時の少年のあこがれの的だった戦闘機の名前である。〈アキゾラニ ヒビクバク
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秋空に 響く爆音 隼《はやぶさ》機

 隼機とは、当時の少年のあこがれの的だった戦闘機の名前である。
〈アキゾラニ ヒビクバクオン ハヤブサキ〉とは一体なんであろうか。
「写実に徹して、主観を出さないところがいい」
しかつめらしい顔で言った父親の言葉を私は今だに苦々しい思いで噛《か》みしめることがある。
そんな父親を私は好きでなかった。そもそも学校で倫理などを教える父親を持つことは、子供にとって耐えがたい不幸であると思う。
私が少し父を好きになったのは、敗戦のどさくさの中で母が死んだ時、不意にリヤカーを押しながら手放しで泣き出した頃からだ。
やがて引揚げて来てヤミ屋に転向し、走るトラックからカーバイトを田んぼに投げおろす深夜の犯行を手伝った時から、父親は私の友人になった。
九州の人《ひと》気《け》のない福岡、熊本県境の山の中で、ドラム罐《かん》を加工した器具で密造酒をやりだした時には、私は父親を兄弟のような親愛感で見るようになっていた。
やがて教職に復した父親は、すでに戦時中〈みそぎの哲学〉などと講演して回っていた頃の教育者ではなかった。教壇でこっそり黒板の方を向いてウイスキーの小びんをあおったりするような生活ののち、胸をやられて入院したが、それでも医師の目をかいくぐって久留米《くるめ》あたりの競輪場に血を吐きながら出没したという。
敗戦は私にとって、いわば、父親との友情を回復する一つの大きなきっかけだった。だが、戦後二十数年たって、その大きなコペルニクス的転回が、私の内部に、ある奇妙な偏執的な観念を育てていることに気づくことがある。
つまり、私は一つの定まった確固とした実体というものを、どうしても信ずることが出来ないのだ。したがって私の視点、私の姿勢は常にあいまいで不確かである。それは、人間についても、世界についても、現実についてもそうであり、特に女性に関してそうなのだ。なぜ女性においてそれがいちじるしいかといえば、やはり、早く母親を失って、大人《おとな》の目で彼女を観祭する機会がなかったことに原因があるだろう。すべての男性は、母親を通過した視線で周囲の女性を見るからだ。
したがって、私の書くものの中の女性は、常に観念的で、ブッキッシュである場合が多い。
有馬頼義《よりちか》氏が、いつか、
「女をわかるには一生かかるよ」
と言われた言葉を頼りに、何とかがんばってみようと思う。
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