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水平線ストーリー01

时间: 2020-08-01    进入日语论坛
核心提示:ラスト・シーンが泣かせた水平線が、夕陽のパイナップル色に染まっていた。ワイキキに吹く風が、少しひんやりと涼しさをましてい
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ラスト・シーンが泣かせた

水平線が、夕陽のパイナップル色に染まっていた。
ワイキキに吹く風が、少しひんやりと涼しさをましていた。
同時に、風は昼間より軽くなったような気がした。
芝生の上。すべてのものが長い影を引いている。
黄色い消火栓。誰かが忘れていったらしいビーチボール。のんびりと歩いている茶色い犬。みんな、長い影を引いている。
僕は、一眼レフを持って、芝生に坐《すわ》っていた。
そして、10メートルほど右で、彼女が本を読んでいた。
      □
 ホノルル。9月。
僕は、ひとり、ワイキキ・ビーチに面したコンドミニアムに滞在していた。
CFディレクターの仕事をしながら、同時に小説を書きはじめた頃だった。
すでに数冊の小説を世の中に送り出していた。その本たちの評判は悪くなく、それなりに売れてもいた。
メジャーな出版社からの原稿依頼も、ふえてきていた。
そんなタイミングにもかかわらず、その1か月、僕は小説を書く気になれずにいた。
たかが数冊を書いただけで、小説を書くことにあきたわけではなかった。疲れたわけでもなかった。
ひとことで言えば、物語を書くための動機を見失っていたのだと思う。
小説などなくても、明日はくる。地球は回っていく。
原稿用紙を文字でうめていくことが何になるのだろうか……。そんな単純な疑問が心に引っかかってしまったのだろう。ちょっとした失速状態だったのかもしれない。
そんな時だった。ハワイでCF撮影の仕事があった。撮影は順調に終わり、スタッフは帰国した。僕はひとりホノルルに残り、ぼんやりと時を過ごしていた。
部屋の机には、書きかけの原稿用紙が広げてあった。けれど、ここ数日、1文字も書いてはいなかった。
毎日、夕陽をながめ、写真を撮っていた。
僕の滞在しているコンドミニアムのすぐとなりは、公園だった。広い芝生があり、昼間はスポーツや日光浴をする人たちでにぎわっていた。
夕陽の時間。ひとけが少なくなってくると、僕はその広い芝生に出ていった。
沈んでいく夕陽をぼんやりとながめ、夕焼けが美しければ、ときには写真を撮ったりもした。
夕陽は、すぐ眼の前のワイキキ・ビーチには沈まず、少し西寄りのアラ・モアナあたりの方向に沈んでいった。
そんな、のんびりとした夕陽の時間、いつも芝生に本を読みにくる女の子がいた。
      □
 最初に気づいたのは、いつだろう。
とにかく、気づくと、彼女はそこで本を読んでいた。
いつも僕が坐《すわ》る場所から10メートルぐらい、海に向かって右側だった。
年齢《とし》は、10代の終わりか、|20歳《はたち》前後に見えた。地元の娘《こ》だろう。
東洋系もふくめて、いろいろな国の血が入っていそうな顔だった。もちろん、ここハワイでは珍しくもなんともない。
学生なのか、仕事をしているのか、わからなかった。
とにかく、夕陽の時間になると、1冊の本を持って芝生にあらわれた。
いつも、カジュアルな服で、L・Aギアのスニーカーをはいていた。
彼女は、いつもの場所にくると、まず腹ばいになる。
両足からL・Aギアを脱ぐ。ゆっくりとした動作で、持ってきた本を広げる。読みはじめた。
ときどき、ページから顔を上げ、夕陽と空をながめる。また、ページに視線を戻す。
読んでいるのは、どうやらラヴ・ストーリーのようだった。
      □
 僕が彼女に気づきはじめて2日目。本は、まだ読みはじめられたばかりだった。
その日の夕陽は、美しかった。けれど、僕は、夕陽を撮るかわりに、彼女にカメラを向けた。小説に熱中している横顔が美しかったからだ。
1度だけ、シャッターを切った。乾いたシャッター音が、たそがれに響いた。けれど、本に熱中している彼女は気づかなかった。
      □
 翌々日。
彼女の本は、3分の1ぐらいまで読み進められていた。その日の夕陽は、いまひとつだった。
海からの風だけが、本のページを揺らしていく。
      □
 さらに1週間後。
彼女の本は、ほとんど残り少なくなっていた。ラスト・シーンに近くなっているようだった。
彼女は、じっと、活字を眼で追っている。
そのまつ毛に涙がたまっていることに気づいたのは、その時だった。
アラ・モアナに沈む夕陽が、芝生と彼女の横顔を照らしている。
その夕陽に、キラリと光るものがあった。彼女の瞳《ひとみ》にあふれた涙だった……。
彼女は、そのまま、本に没頭している。
涙が、頬《ほお》にこぼれそうになる。
気づいた彼女は、指で涙をぬぐった。1度だけ、軽く、すすり上げた。また、ラスト・シーンを読みつづける。
僕は、そっと芝生から立ち上がった……。
      □
 僕は、夕陽の中をコンドミニアムに歩いていく。
トンネルから抜け出た。そんな気がした。
確かに、小説がなくても、地球は回る。けれど、1冊の物語が、誰かの涙を誘うほど心を揺らすことができる……。それもまた、まぎれもない事実なのだ。
自分の部屋に戻る。FM局のKRTRが、B《ボズ》・スキャッグスを低く流していた。
広げた原稿用紙を、アラ・モアナの夕陽が照らしていた。
僕は、冷蔵庫からミネラル・ウォーターを出しひと息に飲んだ。原稿用紙の前に坐る。ペンをとった。また、走りはじめられそうな気がした。
B《ボズ》・スキャッグスのバラードを聴きながら、ゆっくりとペンを動かしはじめた。
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