夏雲が好きだ。青い空をゆっくりと動いていく白い雲を、眼を細め、ながめているのが好きだ。そして、僕の個人的な記憶の中で、夏雲はなぜかロケットや宇宙衛星と結びついている。不思議なことに……。
まだ半ズボンの少年だった夏。僕は、近所の野原にいた。その頃、都会にもまだ原っぱというものがあった。そこは、僕ら子供の解放区だった。
僕らは、草野球にあきると、よくロケット遊びをした。鉛筆のキャップを使ったロケット遊びだ。危険だということで学校からは禁止されていたけれど、僕らはまるで平気だった。鉛筆のアルミ・キャップに切ったセルロイドや火薬などをつめ、火をつける。シュッという鋭い音。白煙を引いて、小さなロケットは夏雲に向かって飛んでいった。子供だった僕らにとって、ロケットはただの夢だった。
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20歳だった夏。僕は、伊豆七島の|式根島《しきねじま》にいた。
大学の同級生たちとロック・バンドを組んでいた。僕はドラムスだった。一年中、指にタコをつくっていた。その夏はバンドのバイトで式根島にいた。屋外のビアホールのような店で演奏するバイトだ。演奏は夜だけで、昼間は自由だった。
よく、島で知り合った女の子たちのグループと遊んだ。昼間は4対4でにぎやかに遊び、いつしか2人ずつに分かれて夜ふけの砂浜に出ていく。そんな夏がピークをむかえた頃だった。
その午後も、僕らはビーチにいた。2日前に知り合った女の子のグループとビーチで灼《や》いていた。サンオイルを塗りながら、ラジオを聴いていた。ラジオはいつもFEN、つまり米軍の放送局にチューニングしてあった。
いつもは音楽を流しているFENが、珍しく音楽を流さない。何かの中継のようなものをえんえんと流している。英語の話せる仲間の1人が〈アポロ11号が、月面に着陸したんだ〉と言った。どうやら宇宙船が月面着陸を成功させ、はじめて人間が月面に立ったらしい。僕らは、不思議な気分で夏雲をながめた。白い雲の彼方を、ぼんやりながめた。まぶしいビーチに、早口のアナウンスが響いていた。その夜、海に蒼《あお》い夜光虫が光った。すでに秋が近づいていた。
大学の同級生たちとロック・バンドを組んでいた。僕はドラムスだった。一年中、指にタコをつくっていた。その夏はバンドのバイトで式根島にいた。屋外のビアホールのような店で演奏するバイトだ。演奏は夜だけで、昼間は自由だった。
よく、島で知り合った女の子たちのグループと遊んだ。昼間は4対4でにぎやかに遊び、いつしか2人ずつに分かれて夜ふけの砂浜に出ていく。そんな夏がピークをむかえた頃だった。
その午後も、僕らはビーチにいた。2日前に知り合った女の子のグループとビーチで灼《や》いていた。サンオイルを塗りながら、ラジオを聴いていた。ラジオはいつもFEN、つまり米軍の放送局にチューニングしてあった。
いつもは音楽を流しているFENが、珍しく音楽を流さない。何かの中継のようなものをえんえんと流している。英語の話せる仲間の1人が〈アポロ11号が、月面に着陸したんだ〉と言った。どうやら宇宙船が月面着陸を成功させ、はじめて人間が月面に立ったらしい。僕らは、不思議な気分で夏雲をながめた。白い雲の彼方を、ぼんやりながめた。まぶしいビーチに、早口のアナウンスが響いていた。その夜、海に蒼《あお》い夜光虫が光った。すでに秋が近づいていた。
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撮影《ロケ》でハワイにいた。2月だったけれど、オアフ島の空には、あい変わらず夏雲が動いていた。僕はもう、小説の新人賞を受賞していた。数冊の本を世の中に送り出していた。
その日。僕は撮影スタッフとホノルルのダウンタウンにいた。
ダウンタウンの通りに、人だかりができていた。新聞の号外が出ているらしかった。スタッフの1人が号外を手に戻ってきた。スペースシャトル・チャレンジャー爆発の見出しが眼に飛び込んできた。日系人飛行士オニヅカはハワイ出身だった。
その夜は、花火のような爆発の瞬間をくり返しテレビでやっていた。
翌日、きれいに晴れたオアフ島の空に、半旗になった星条旗がひるがえっていた。僕は、L《ライオネル》・リッチーのバラードをカーラジオで聴きながら、それをじっとながめていた。
その日。僕は撮影スタッフとホノルルのダウンタウンにいた。
ダウンタウンの通りに、人だかりができていた。新聞の号外が出ているらしかった。スタッフの1人が号外を手に戻ってきた。スペースシャトル・チャレンジャー爆発の見出しが眼に飛び込んできた。日系人飛行士オニヅカはハワイ出身だった。
その夜は、花火のような爆発の瞬間をくり返しテレビでやっていた。
翌日、きれいに晴れたオアフ島の空に、半旗になった星条旗がひるがえっていた。僕は、L《ライオネル》・リッチーのバラードをカーラジオで聴きながら、それをじっとながめていた。
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鉛筆キャップのロケットから、アポロ宇宙船、そしてスペースシャトルへと時代は変わるけれど、夏雲の白さは変わらないなどと、ふと思っている。