その秋、僕はニューヨークにいた。
モデル・オーディションのためだ。CFに使うモデルを決める。そのためのオーディションだった。
本番の撮影は、たぶん、陽《ひ》ざしの明るいハワイかロスになる予定だった。
けれど、女性モデルは、一流中の一流を使いたかった。そうなると、どうしてもニューヨークでオーディションする必要がある。
そのために、CFディレクターの僕ひとりで、モデル選びのために日本から飛んできたのだ。
□
モデル・オーディションは、3日間にわたって続けられた。
僕は、コーディネーション会社のオーディション・ルームに朝の10時から夕方までいた。
パーク・アベニューの57丁目にあるビルの18階。ガランとしたダンス・スタジオのような部屋だ。
簡単なテーブル。イス。電話やメモ用紙。それに冷蔵庫も置いてあった。オーディオからは、S《サリナ》・ジョーンズの曲が低いボリュームで流れていた。
広い窓からは、セントラル・パークが見渡せた。公園の樹々は、もう深い秋の色をしていた。
僕の手伝いをしてくれる女性は、サリーといった。
20代の前半だろう。白人と黒人のハーフらしかった。
映画〈フラッシュ・ダンス〉のジェニファ・ビールスに、どことなく似ていた。
オーディションの合い間の雑談で、彼女がいまニューヨーク大学の大学院にいっていることを僕は知った。
コーディネーターの仕事はアルバイトで、将来は作家か脚本家になりたいと言った。
それはともかく、サリーはよく働いてくれた。
つぎつぎと、一流のモデル・エージェンシーからやってくるモデルたち。
それぞれのポラロイド写真を撮る。
選ぶときにまちがえないように、ポラの余白にモデルのオーディション番号を書く。
モデルたちの身長、体のサイズを本人から確認していく。
サリーがそうしてモデルとやりとりをしている間に、僕はモデルをながめて、リストに〇×△などをつけていく。
そんな作業を、3日間続けていた。
3日目の昼休み。
「ランチはレストランにいかないで、テイク・アウトですまさないか」
と僕はサリーに言った。2日半のオーディションで少し疲れていた。
「レストランの混雑が、わずらわしいんだ」
と僕は言った。サリーは、微笑《わら》いながらうなずいた。
僕らは、ビルから出る。
近くのデリにぶらぶらと歩いていった。
デリで、マスタードをきかせた七面鳥《ターキー》のサンドイッチを買った。また、ぶらぶらと戻っていく。僕らの足もとに、枯葉が風に吹かれて飛んできた。セントラル・パークからやってきた枯葉なんだろう。
しかし、秋にしては陽ざしは明るく暖かかった。
僕らは雑談をしながら、オーディション・ルームに戻った。
サリーは、グラスをふたつ、テーブルに出す。冷蔵庫を開けた。
「ビールはどう?」
「いいね」
僕は答えた。このところ、レストランの昼食ではワインだった。が、この暖かい陽ざしにはビールも悪くないと思った。
サリーは、普通のビールと黒ビールをとり出した。それを半分ずつ、グラスに注いだ。
「私と同じで、ハーフ&ハーフよ」
微笑いながら言った。
黒ビールと普通のビールのハーフ&ハーフ。僕も日本で飲んだことがある。確かに、真夏より、秋に似合う。
僕らは、ハーフ&ハーフのグラスで軽く乾杯。口に運ぶ。
黒ビールの持つ、独特の麦の香り。普通のビールの透明な味。そのふたつが、うまくミックスされて、ノドを滑り落ちていく。
ハーフ&ハーフのグラスが、窓からの陽ざしに透けている。その茶色は、セントラル・パークの枯葉の色であり、サリーが着ているカシミアのセーターの色でもあった。
深い秋の香りを飲みながら、僕は七面鳥《ターキー》のサンドイッチを食べた。
作家になったいまも、ときどきハーフ&ハーフを飲む。そして思い出す。あのサリーも、いまごろ、タイプライターに向かっているのだろうか……。
僕は、コーディネーション会社のオーディション・ルームに朝の10時から夕方までいた。
パーク・アベニューの57丁目にあるビルの18階。ガランとしたダンス・スタジオのような部屋だ。
簡単なテーブル。イス。電話やメモ用紙。それに冷蔵庫も置いてあった。オーディオからは、S《サリナ》・ジョーンズの曲が低いボリュームで流れていた。
広い窓からは、セントラル・パークが見渡せた。公園の樹々は、もう深い秋の色をしていた。
僕の手伝いをしてくれる女性は、サリーといった。
20代の前半だろう。白人と黒人のハーフらしかった。
映画〈フラッシュ・ダンス〉のジェニファ・ビールスに、どことなく似ていた。
オーディションの合い間の雑談で、彼女がいまニューヨーク大学の大学院にいっていることを僕は知った。
コーディネーターの仕事はアルバイトで、将来は作家か脚本家になりたいと言った。
それはともかく、サリーはよく働いてくれた。
つぎつぎと、一流のモデル・エージェンシーからやってくるモデルたち。
それぞれのポラロイド写真を撮る。
選ぶときにまちがえないように、ポラの余白にモデルのオーディション番号を書く。
モデルたちの身長、体のサイズを本人から確認していく。
サリーがそうしてモデルとやりとりをしている間に、僕はモデルをながめて、リストに〇×△などをつけていく。
そんな作業を、3日間続けていた。
3日目の昼休み。
「ランチはレストランにいかないで、テイク・アウトですまさないか」
と僕はサリーに言った。2日半のオーディションで少し疲れていた。
「レストランの混雑が、わずらわしいんだ」
と僕は言った。サリーは、微笑《わら》いながらうなずいた。
僕らは、ビルから出る。
近くのデリにぶらぶらと歩いていった。
デリで、マスタードをきかせた七面鳥《ターキー》のサンドイッチを買った。また、ぶらぶらと戻っていく。僕らの足もとに、枯葉が風に吹かれて飛んできた。セントラル・パークからやってきた枯葉なんだろう。
しかし、秋にしては陽ざしは明るく暖かかった。
僕らは雑談をしながら、オーディション・ルームに戻った。
サリーは、グラスをふたつ、テーブルに出す。冷蔵庫を開けた。
「ビールはどう?」
「いいね」
僕は答えた。このところ、レストランの昼食ではワインだった。が、この暖かい陽ざしにはビールも悪くないと思った。
サリーは、普通のビールと黒ビールをとり出した。それを半分ずつ、グラスに注いだ。
「私と同じで、ハーフ&ハーフよ」
微笑いながら言った。
黒ビールと普通のビールのハーフ&ハーフ。僕も日本で飲んだことがある。確かに、真夏より、秋に似合う。
僕らは、ハーフ&ハーフのグラスで軽く乾杯。口に運ぶ。
黒ビールの持つ、独特の麦の香り。普通のビールの透明な味。そのふたつが、うまくミックスされて、ノドを滑り落ちていく。
ハーフ&ハーフのグラスが、窓からの陽ざしに透けている。その茶色は、セントラル・パークの枯葉の色であり、サリーが着ているカシミアのセーターの色でもあった。
深い秋の香りを飲みながら、僕は七面鳥《ターキー》のサンドイッチを食べた。
作家になったいまも、ときどきハーフ&ハーフを飲む。そして思い出す。あのサリーも、いまごろ、タイプライターに向かっているのだろうか……。