たそがれが近かった。
陽《ひ》ざしも、かなり斜光になっている。砂浜の小さな起伏に、光の陰影ができていた。
ビーチにいた観光客たちも、もう、ほとんど引き上げていった。ガランとしたワイキキ・ビーチに、黒い犬が1匹、のんびりと歩いていた。
僕は、ロイヤル・ハワイアン・ホテルの前にいた。ピンク・パレスとも呼ばれる、ワイキキでも最高級のホテルだった。
カメラを片手に、砂浜にいた。日没直後の海と空を撮ろうと思っていた。
カメラマンとしての仕事は終わっていた。それは、自分の作品として撮っておきたい写真だった。
□
彼女に気づいたのは、そんなときだった。
ロイヤル・ハワイアンのパラソルの下に彼女はいた。ワイキキのホテルでも、ここだけが、前の砂浜にパラソルを立てている。もちろん、ホテルの客専用だ。
そのパラソルのまわりで、彼女は何か捜していた。砂浜に、何か落としたらしい。真剣な表情で、捜していた。
「何か失《な》くしたんですか?」
僕は、英語で彼女に声をかけた。彼女は顔を上げた。かすかに微笑《わら》いながら、
「指輪を、落としたらしくて」
と言った。
白人。年齢は、僕より少し上。30代の真ん中辺だろう。
ゆるくウエイヴしたブロンド。かなり日数をかけて灼《や》いたらしいココア色の肌。大きな青い瞳《ひとみ》が、O《オリビア》・ニュートンジョンに似ていた。
「どんな指輪?」
僕は、きいた。
「赤い、ルビーの」
と彼女。
僕は、水平線をふり返った。日没までには、まだしばらく時間がある。指輪捜しを手伝うことにした。
ロイヤル・ハワイアンのパラソルの下に彼女はいた。ワイキキのホテルでも、ここだけが、前の砂浜にパラソルを立てている。もちろん、ホテルの客専用だ。
そのパラソルのまわりで、彼女は何か捜していた。砂浜に、何か落としたらしい。真剣な表情で、捜していた。
「何か失《な》くしたんですか?」
僕は、英語で彼女に声をかけた。彼女は顔を上げた。かすかに微笑《わら》いながら、
「指輪を、落としたらしくて」
と言った。
白人。年齢は、僕より少し上。30代の真ん中辺だろう。
ゆるくウエイヴしたブロンド。かなり日数をかけて灼《や》いたらしいココア色の肌。大きな青い瞳《ひとみ》が、O《オリビア》・ニュートンジョンに似ていた。
「どんな指輪?」
僕は、きいた。
「赤い、ルビーの」
と彼女。
僕は、水平線をふり返った。日没までには、まだしばらく時間がある。指輪捜しを手伝うことにした。
□
キラリ。
砂の中に、光るものがあった。僕は、それをひろい上げる。
赤いルビーのついた金色の指輪だった。
「もしかして、これかな?」
と彼女に見せた。彼女の顔が、パッと明るくなった。
指輪を手にとると、
「本当にありがとう」
と言った。
「いや。どっちみち時間つぶしをしていたところだから」
と僕は微笑《わら》いながら答えた。
砂の中に、光るものがあった。僕は、それをひろい上げる。
赤いルビーのついた金色の指輪だった。
「もしかして、これかな?」
と彼女に見せた。彼女の顔が、パッと明るくなった。
指輪を手にとると、
「本当にありがとう」
と言った。
「いや。どっちみち時間つぶしをしていたところだから」
と僕は微笑《わら》いながら答えた。
□
「不思議に思ってるんでしょう」
と彼女。僕の眼を見て言った。
「いい大人が、なぜ、こんなオモチャみたいな指輪を捜しているのか」
「まあね」
僕は、小さくうなずいた。
確かに、そうだ。指輪は、ほとんどオモチャに近かった。ルビー色をしたガラス玉。金メッキのリング。
それは、さりげなく高価そうな彼女の水着やビーチ・バッグと、いかにも不似合いだった。
「何か、思い出のある指輪なのかな?」
僕は、言ってみた。
「日本人って、カンがいいのね」
と彼女。青い瞳《ひとみ》が、明るく微笑った。
と彼女。僕の眼を見て言った。
「いい大人が、なぜ、こんなオモチャみたいな指輪を捜しているのか」
「まあね」
僕は、小さくうなずいた。
確かに、そうだ。指輪は、ほとんどオモチャに近かった。ルビー色をしたガラス玉。金メッキのリング。
それは、さりげなく高価そうな彼女の水着やビーチ・バッグと、いかにも不似合いだった。
「何か、思い出のある指輪なのかな?」
僕は、言ってみた。
「日本人って、カンがいいのね」
と彼女。青い瞳《ひとみ》が、明るく微笑った。
□
僕らは、砂浜に並んで坐っていた。海をながめて、ポツリポツリと話していた。
「〈ルビー・チューズデイ〉って曲、知ってる?」
と彼女。僕は、うなずいた。
「ローリング・ストーンズの……僕も好きな曲だ」
彼女も小さくうなずく。
「あの曲がはやってた頃、もらったの」
「じゃ、ずいぶん昔だ」
彼女は、また、小さくうなずいた。
「13歳だったわ」
「なるほど。じゃ、そんなオモチャでも当たり前だな」
僕は、彼女の指輪を見て言った。そして、
「初恋の相手?」
と、きいてみた。
「たぶん、そうだったのね」
と彼女。
「……よく、あの曲を唄《うた》いながら、自転車の2人乗りをしたわ……」
と、つぶやいた。
「で、その初恋の相手は?」
「ヴェトナムから、帰ってこなかったわ」
水平線を見つめて、彼女は言った
「〈ルビー・チューズデイ〉って曲、知ってる?」
と彼女。僕は、うなずいた。
「ローリング・ストーンズの……僕も好きな曲だ」
彼女も小さくうなずく。
「あの曲がはやってた頃、もらったの」
「じゃ、ずいぶん昔だ」
彼女は、また、小さくうなずいた。
「13歳だったわ」
「なるほど。じゃ、そんなオモチャでも当たり前だな」
僕は、彼女の指輪を見て言った。そして、
「初恋の相手?」
と、きいてみた。
「たぶん、そうだったのね」
と彼女。
「……よく、あの曲を唄《うた》いながら、自転車の2人乗りをしたわ……」
と、つぶやいた。
「で、その初恋の相手は?」
「ヴェトナムから、帰ってこなかったわ」
水平線を見つめて、彼女は言った
□
僕らが立ち上がったとき、ちょうど、
「エレン」
という声がきこえた。白人男が1人、ホテルの方から歩いてきた。彼女の夫だろう。薄いブルーのラコステを着ていた。
「遅いんで心配して見にきた。レストランの予約もしてあるし」
と夫。彼女は、
「ごめんなさい」
と夫に優しく微笑《わら》いかけた。ビーチ・バッグを肩にかけた。最後に1度だけ、僕にふり向いた。手を振った。その指に、ルビー色が光っていた。
僕は、たそがれの海にカメラを向けた。ストーンズの唄う〈ルビー・チューズデイ〉が、ふとどこかから聞こえたような気がした。
「エレン」
という声がきこえた。白人男が1人、ホテルの方から歩いてきた。彼女の夫だろう。薄いブルーのラコステを着ていた。
「遅いんで心配して見にきた。レストランの予約もしてあるし」
と夫。彼女は、
「ごめんなさい」
と夫に優しく微笑《わら》いかけた。ビーチ・バッグを肩にかけた。最後に1度だけ、僕にふり向いた。手を振った。その指に、ルビー色が光っていた。
僕は、たそがれの海にカメラを向けた。ストーンズの唄う〈ルビー・チューズデイ〉が、ふとどこかから聞こえたような気がした。