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水平線ストーリー17

时间: 2020-08-01    进入日语论坛
核心提示:少年は、いつの日か風になる少年は、ヤシの実をかかえて走っていた。      □ その光景を見たのは、滞在しているリゾート
(单词翻译:双击或拖选)
少年は、いつの日か風になる

少年は、ヤシの実をかかえて走っていた。
      □
 その光景を見たのは、滞在しているリゾート・ホテルの裏庭だった。
南太平洋のクック諸島。
タヒチとニュージーランドの間にある島々。その中心にあるラロトンガ島に、僕はいた。
滞在しているホテルは、砂浜沿いに横長につくられていた。僕の部屋は、一番端に近い。
玄関《フロント》の前の駐車場にレンタカーを駐《と》めるより、部屋の近くに駐める方が便利だった。
その午後も、僕はホテルの裏にある空きスペースにレンタカーを駐めた。広々とした裏庭を横切って、自分の部屋に戻ろうとしていた。
そのときだった。
走っている少年の姿を見かけた。
正確に言うと、少年と少女だった。2人とも、12か13歳ぐらい。あきらかに地元の人間だった。
ポリネシア系の顔立ち。チョコレート色の肌。
少年は、ショートパンツ1枚だった。
色の落ちた青いショートパンツ。裸足《はだし》。
たぶん、ガールフレンドなんだろう。少女の方も、質素な身なりをしていた。
あまり色のはっきりしないTシャツ、スカート。足もとは、ゴムゾウリだった。
少女は、ココヤシの実を1つかかえていた。
少年が、眼で合図する。
少女が、ヤシの実を4、5メートルはなれた少年に投げた。
少年は、ヤシの実をつかむ。わきにかかえる。
走り出す。
芝生の庭。そこに生えているヤシの樹《き》。
3、4メートルおきに生えているヤシの樹をジグザグにぬうように、少年は全速で駆けていく。
庭の端までいくと、少年はゆっくりと戻ってくる。また、同じことをくり返す。
どうやら、ラグビーの練習をしているらしかった。
体は細い。が、少年の動きは早く、力強く、しなやかだった。僕はクルマのキーを片手に、彼らの練習をながめていた。
      □
 声がした。僕は、ふり向いた。
ホテルの従業員だった。太ったボーイがやってくるのが見えた。
ボーイは、少年たちに早口で何か言った。ホテルの敷地に勝手に入るな。そういう意味のことだった。
僕は、
「まあ、いいじゃないか」
とボーイに言った。ショートパンツのポケットから、|1《ワン》ニュージーランド・ドルを出す。
「誰にも迷惑がかかるわけじゃないし」
と言いながら、1ドル硬貨をボーイにポンと渡した。
ボーイは、肩をすくめる。〈まあ、それもそうか〉という表情。僕に笑顔を見せる。
「サンキュー・サー」
と言う。建物の方へ戻っていった。
      □
「ありがとう」
少年が言った。
「ラグビーの選手なのかい?」
僕はきいた。
「ああ。少年チームの左ウイングなんだ」
と少年。
「彼、チームでナンバー・ワンの選手なのよ」
わきから、少女が言った。
ほんの少し、照れたような表情が少年の顔に走った。
「じゃ、大人になってもラグビーをやるのかい?」
僕は、きいた。
少年は、はっきりと、うなずいた。眼に、強い光……。
「絶対に、オール・ブラックスに入るんだ」
と言った。
そうか……。
世界一のラグビー・チーム〈オール・ブラックス〉は、ニュージーランドのチーム。
そして、ここクック諸島はニュージーランド領だ。
島のあちこちにラグビー場があったことを、僕は思い出していた。
アメリカの少年たちがアメリカン・フットボールのスター・プレーヤーに憧れるように、この島の少年たちはラグビーの有名選手を夢見るのだろう。
「じゃ、がんばって」
僕は言った。
「ああ」
と少年。チョコレート色の胸で、汗が光った。
少女の顔で、白い歯が光った。
      □
 3日後。
僕は、空港にクルマを走らせていた。
カー・ラジオがビートルズの〈|She Loves You《シー・ラブズ・ユー》〉を流しはじめたとき、ふと、クルマをとめた。
海沿いの道路。その前に、ラグビー場が広がっていた。
この島にふさわしく、素朴なラグビー場だった。ゴール・ポストが立っていなければ、ただの空き地に見えただろう。
が、確かに、ゴール・ポストは立っていた。
日本の高校でも見ないような貧しいゴール・ポストだった。けれど、強い海風の中で、その細いゴール・ポストはしっかりと立っていた。
あの少年の姿が、そこにダブる。
彼の褐色の脚が、外国の美しいグリーンの芝生の上を駆ける日はくるのだろうか。
〈オール・ブラックス〉の黒いジャージを着て、ノー・サイド(試合終了)のホイッスルをきく瞬間が、くるのだろうか……。
僕は、カメラをとり出した。誰もいないラグビー場にレンズを向ける。
その島での最後のシャッターを切った。
空港に向かって、また走りはじめた。カー・ラジオでは、J《ジヨン》・レノンが〈She Loves You〉を力強く唄《うた》いつづけていた。
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