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水平線ストーリー20

时间: 2020-08-01    进入日语论坛
核心提示:ソルティー・レイン「ハロー」すぐ近くで声がした。僕は、デッキ・チェアーに寝っ転がったまま、ゆっくりと眼を開けた。サングラ
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ソルティー・レイン

「ハロー」
すぐ近くで声がした。僕は、デッキ・チェアーに寝っ転がったまま、ゆっくりと眼を開けた。サングラスをしていても、まぶしい陽射《ひざ》し。逆光のシルエットで揺れているヤシの葉が眼に入る。
そして、1人の少女が、そばに立っていた。
      □
 サイパン。午後3時。
マイクロ・ビーチにあるDホテルの前の砂浜。僕は、砂浜に置いてあるデッキ・チェアーに寝っ転がって、日光浴をしていた。
テレビCFのロケが終わったところだった。
幸い天気が安定していて、10日の予定のロケは、1週間で終わった。主なスタッフは帰国した。といっても、フィルムの編集スケジュールにはまだ余裕がある。ディレクターの僕とカメラマンのJは、2、3日、のんびりしていくことにした。
Jは、いま、ジェット・スキーをやりにいっている。僕は、砂浜でぼんやりと日光浴をしていたところだった。
サングラスをかけたまま、僕は体を起こした。声をかけてきた少女を見た。少女は明るい表情で、
「貝、いらない?」
と言った。
「貝?」
「そう。お土産に、どう?」
と少女。手に丸めて持っている布のようなものを開いた。古いサマー・スェーターを切ったらしい。その布の中に、貝殻がいくつか入っていた。
僕は、のぞき込んでみた。けれど、思わず軽く苦笑していた。少女が持っている貝は、たぶんその辺でひろってきた物だろう。僕らでも、砂浜をちょっと歩けばひろえるような貝殻ばかりだった。おまけに、こわれかけた貝殻もずいぶん混ざっていた。
      □
「そう……。やっぱりダメか……」
と少女。微笑《わら》いながら、肩をすくめた。僕は、貝から視線を上げた。少女を見た。15歳か16歳ぐらい。白人とチャモロ人の混血らしかった。肌は薄いココア色。手足はスラリと長い。髪は少し麦わら色がかった金髪。まん中分けで、肩までたらしている。くすんだピンクのTシャツ。オフ・ホワイトのショートパンツをはいていた。足もとはゴムゾウリだった。
「小遣いかせぎかい?」
少し気の毒になった僕は、少女にきいた。少女は、うなずくと、
「まあ、そんなところ。ボーイフレンドへのプレゼントを買うためよ」
と言った。
「ボーイフレンド? 学校の同級生かい?」
「そんな子供じゃないわ。ちゃんとした大人で、おまけにアメリカ人よ」
と少女。ちょっと胸をはって、
「あの船に乗ってるの」
と言った。海の方に視線を向けた。僕もそっちを見る。沖に大型の貨物船が1隻、停泊していた。
「あの貨物船?」
「ただの貨物船じゃないわ。あれは米軍の船なの」
「米軍の?……」
僕は、ききなおした。となりのグアムはともかく、このサイパンに基地はないはずだ。
「あの船には弾薬が積まれてるの」
「弾薬?」
「そうよ。グアムの基地に大量の弾薬を置いておくと、何かあったときに危ないでしょう。だから……」
と少女。
「そうか。弾薬を積んだ船だけ基地から離してサイパンの沖に……」
と僕はつぶやいた。少女はうなずく。
「私の彼は、あの船で水や食料を調達する係をやってるの」
「……なるほど……食料を調達するために上陸して、君と知り合った?」
僕がきいた。少女はまた、微笑《ほほえ》みながらうなずいた。けれどその笑顔がすぐに曇った。
「でも……近いうちに、船はよそへ移動しちゃうんで……」
「それで、彼に何かプレゼントを?」
「そう……。離れていても、私のことを忘れないようにね……」
「で、お金は、たまった?」
少女は、ゆっくりと首を横に振った。
「Tシャツ1枚、買えないわ」
と言った。そのとき、天気雨が降ってきた。僕は、カメラだけ、ビニールのバッグに入れた。あと、濡《ぬ》れて困るものはない。天気雨は、灼《や》けた肌に心地良かった。少女も、突っ立ったまま空を見上げる。
「ソルティー・レイン……」
とつぶやいた。
「ソルティー・レイン?」
「そう。サラサラと細かくて塩みたいでしょう?」
僕はうなずいた。確かにそうだ。
「おまけに、海の方から降ってくる雨だから、ちょっと塩っぽいの」
と少女。僕は、細かい天気雨を口でうけてみた。少女の言うとおり、雨はかすかに塩っぽい味がした。
「なるほどね。ソルティー・レインか……」
「私たちは、よくこう言ってるわ。自分たちのかわりに、空が泣いてくれてるんだって……」
少女は言った。
〈塩っぽい雨……空の涙……〉
僕は、胸の中でつぶやいてみた。眼を細めて、キラキラと陽射《ひざ》しに光る雨粒を見つめた。
      □
 天気雨は、すぐに走り去った。同じように立ち去ろうとする少女に、僕は声をかけた。
少女が持っていた貝殻を並べさせる。カメラのレンズを向け、シャッターを切った。
「じゃ、これ、お礼に」
と、5ドル札を1枚、少女に渡した。少女は、一瞬はにかむように微笑《わら》う。ドル札をポケットに入れ、手を振りながら砂浜を歩いていった。
      □
 3日後。僕とJは、サイパンを去ろうとしていた。ホテルのベランダから見ると、きのうまでいた沖の船は、姿を消していた。水平線だけが広がっていた。
空港に向かうクルマに乗ると、天気雨が降りはじめた。細かいサラサラとした雨粒……。ソルティー・レイン……。僕は、走るクルマの窓からヤシの樹《き》の並木に降る天気雨をじっとながめた。カー・ラジオが、バングルスの唄《うた》う〈|Eternal Flame《エターナル・フレーム》〉を流していた。
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