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水平線ストーリー25

时间: 2020-08-01    进入日语论坛
核心提示:ハリケーン風が、さっきより一段と強くなっていた。ヤシの葉が、激しく揺れている。プールサイドのテーブルから空き缶が落ち、コ
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ハリケーン

風が、さっきより一段と強くなっていた。
ヤシの葉が、激しく揺れている。プールサイドのテーブルから空き缶が落ち、コンクリートの上を転がっていく。
グレーの雲が、低く、速く、流れていく。雨は、まだ降ってこない。
僕は、旅行用のバッグを持ったまま、ホテルの玄関を入った。ロビー兼ダイニングに、ホテルの主人がいた。僕をみると、
「やっぱり、飛行機は飛ばなかったか」
と言った。
      □
 ポリネシアの小さな島。ハワイで友人の結婚式に出た僕は、ぶらりとこの島を訪れていた。
にぎやかなホノルルで1週間ほど過ごした。つぎは、対照的にローカルな土地にいきたかった。ごく自然に、この島を選んでいた。
タヒチ、フィジーといった観光ルートからは、かなりはずれている。小さな島だった。
ハワイから、エアー・フランスに乗って赤道をこえる。さらに、10人乗りのプロペラ機に乗りかえて、この島についた。
島には、ホテルが1軒しかなかった。海岸のヤシの木立ちの中に、ささやかなホテルが建っていた。
平屋だった。ロビー兼ダイニング。ツイン・ルームが、10室ほど、L字型に並んでいる。ロビーや客室に囲まれるように、小さなプールがあった。プールサイドには、ピンクのブーゲンヴィリアが咲いている。砂浜には、1匹の茶色い猫が、のんびりした足どりで歩いていた。
昼間の陽《ひ》ざしは強かったが、夜になると涼しく、ハイビスカスの茂みでは虫が鳴いていた。南十字星も見えた。
ホテルは、フランス人らしい主人がやっていた。3、4人のポリネシアンを使っている。客は、僕以外にはドイツ人の老夫婦がいるだけだった。
きのう、帰りの飛行機の予約を確認した頃から、雲ゆきがおかしくなりはじめた。そして、きょう、天候はさらに悪くなり、飛行機は欠航になった。
      □
「まあ、ちょっとしたハリケーンさ」
とホテルの主人。
「あんたがさっき出ていった部屋は、いま掃除しているが、そこにあと1日2日泊まっていけばいいよ」
と、上手な英語で言った。
「そのうちに、ハリケーンもいっちまうだろう」
僕は、うなずいた。急いで日本に帰る必要はなかった。南洋のハリケーンを体験するのも悪くないと思った。
「まあ、バッグを置いて、ワインでもやらないか」
とホテルの主人。自分が昼食のテーブルで飲んでいる白ワインを、僕にすすめた。
      □
「あんた、小説家なんだってねえ」
主人がきいた。
「ああ」
ワインを飲みながら、僕は答えた。
「いままでに、ハリケーンが出てくる小説を書いたことはあるかい?」
「……いや。ないね……」
「そうか……。でも、いつか書くといい」
「それもいいけど、素材がまだないんだ」
「素材か……」
と主人。何回も、うなずく。この昼食で2本目らしいワインの栓を抜いた。自分と僕のグラスに注いだ。ワインを注ぐその手は、少しシワっぽい。60歳前後だろうと、僕は思った。
      □
「私が、まだ20代だった頃のことだ」
ホテルの主人が、ポツリと話しはじめた。
「私は、農業技術者として、フランスから、この南太平洋にやってきたんだ」
「農業技術者?」
「そう。早い話、ヤシの実から、ココナッツ・ミルクをとるんだ」
「ココナッツ・ミルクか……」
「そうだ、ココナッツ・ミルクをとって缶づめにして輸出する。そんな仕事の技術者として、ある島の大きな農園にやってきたんだ」
と主人。ワインをグイと飲んだ。
「当時、その島はまだフランスの植民地で、当然、農園主はフランス人だった」
「…………」
「その農園主には、2人の息子と1人の娘がいた」
「娘?」
「そう……娘だ。それも、若くてきれいな娘さ」
と主人。僕に向かってウインクしてみせた。
「あなたは、その娘に恋をした?」
「……ああ……もちろん……」
と主人。テーブルの上のバターナイフを手でオモチャにして、ちょっと遠くを見る目つきになった。
「若い技術者も娘に恋をしたが、娘の方も彼に恋をした。熱っぽくね」
「…………」
「ところが、娘の父親は怒った。そんな、ペエペエの若い技術者との恋愛なんて許さないと言ってね」
「…………」
「せっぱつまった2人は、その農園から駆け落ちすることにした……。ある朝、ジープを空港に走らせた……。ところが、そこへハリケーンがきていたんだな」
「…………」
「いまでも思い出すよ。ヤシの葉が、ちぎれてしまいそうなほど風が強くて、空港の小屋みたいな建物もいまにも吹っ飛びそうでね……。飛行機が飛ぶかどうかわからないし、農園から追っ手が出ているだろうし……」
「で? その結末は?」
と僕がきいたときだった。ポリネシア人の従業員が、部屋の掃除が終わったと言いにきた。ホテルの主人は立ち上がると、
「話のつづきは、また夕食のときにしよう」
と言って、おだやかに微笑《わら》った。
      □
 僕は、部屋のベッドに横になった。
主人のワイフのことを思った。品のいい銀髪をきちっとまとめ、あまり目立たないようにホテルの中で仕事をしている主人のワイフの姿を思った。彼女が、そのとき一緒に駆け落ちをした農園主の娘なのだろうか……。
そうなのだろうと、僕は勝手に決めた。そして、ハリケーンの空港で肩をよせ合う若い2人の姿を思い描いていた。
窓の外では、ヤシの葉が狂ったように揺れている。ちょっと感度の悪いラジオから、G《ジヨージ》・マイケルの新曲が流れていた。
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