昔の恋人と再会する、というのはなかなかロマンチックでいいものである。
都会の雑踏の中でばったり……というのもいいし、突然、会いたくなって電話してしまった、というのもまたよろしい。
要は相手とのリズムの問題で、いくら電話をしたとしても、相手がいかにも迷惑そうだったら、再会は果たせない。たまたま相手も非常に懐かしがってくれて、ぽんぽんと会話がはずみ、「じゃあ、この次の土曜日に会おうか」とでもなったら、それはそれで楽しいひとときが過ごせるだろう。
三十五歳のA子さん、結婚して子供がふたりいるイラストレーターである。サラリーマンの夫との仲は、まあまあ。別に、当世流行の「フリン」願望があるわけではない。だが、或る日、突然、昔の男に会いたくなった。
理由などなかった。多分、安定した生活の中で、ふっと学生時代のことが懐かしくなっただけなのだろう。彼女は思いたって結婚前につき合っていた男ふたりに、簡単な葉書を書いた。
ちょうど気に入った絵が描けた後だったので、自分の絵を葉書に刷りこんだ。
「私の絵をごらんください。今はこんな仕事をしています。お元気ですか。懐かしいですね」……とだけつけ加えた。
もちろん、宛先は彼らの実家である。男どもも、とうの昔に結婚しているだろうから、自宅に送るわけにはいかない。
一週間ほどたってから、ふたりのうちひとりから返事が来た。「この間、或る店で君と昔、よく聞いたビージーズがかかっていた。急に懐かしくなり、どうしているかな、と思っていたら、母親が君からの葉書を転送してくれた。驚いてしまったよ。会いたいね。よかったら僕の会社のほうに電話してください」……と。
A子さんは、ぐっと胸が熱くなるのを感じた。その男(Bクンとしておこう)とは、二十歳の時、実にロマンチックな恋をし、キスもしないままに別れてしまったのだった。
はやる気持ちをおさえて彼女はBクンの会社に電話した。声はちっとも変わっていない。十五年の歳月がたったとはとても思えなかった。聞くところによると、今は二児の父親だという。
ふたりは甘い会話を交わし、一週間後の金曜日の夜、食事を共にすることを約束した。
電話をした翌日、彼女の家に大きなバラの花束が届けられた。Bクンからだった。メッセージはたった一言。「君は昔からこのバラのイメージだった」……。
普段だったら、「なにさ、このキザ男」と思って苦笑するような文句ではあったが、どうしてどうして、彼女は感動の極みに達した。胸がドキドキした。甦《よみがえ》った青春! 恋の季節の到来!
昔、Bクンは同じ大学のホッケーの選手だった。背が高く逞《たくま》しく、それでいて文学青年ふうの青っぽさを持ったいい男であった。彼女はBクンとの淡かったデートの数々を思い出し、思い出しては頬をゆるめた。何も知らずに隣で寝ている夫が、ただの太ったカバに見えた。
待ちに待ったデートの夜、彼女は仕事仲間のパーティーがある、と夫に嘘《うそ》をつき、とっておきのシャネルのスーツを着て、念入りに化粧をし、約束の喫茶店に出かけた。
Bクンの姿はどこにも見えなかった。仕事で遅れてくるのかもしれない。彼女はドキドキしながら店内を見回した。
ひとり、頭の禿《は》げかかった、カバみたいにでっかい中年男が彼女をじっと見ていた。どこかで見たことがある。次の瞬間、彼女はぞっとし、吐きそうになり、顔がひきつった。
「君か。変わってしまったんでわかんなかったよ」Bクンは傍にやって来て、にっと笑った。
「あなたも……少し変わったのね」
気のすすまない食事を早々に終え、彼女は早い時間に帰宅した。帰宅してから鏡を見た。バラのイメージなんてありゃしない、と彼女は溜め息をついた。それ以降、Bクンからは何の音沙汰もない、という。
再会はロマンチックである。しかし、年齢を超えて感動を呼びおこすような再会はほとんどない、と私は考えている。
日常に退屈して失ったロマンを求めるのはいいが、よくよく考えてからでないと、かえって失望したりするから、ご用心。終わったことはやはり終わったこと。終わりを知るのがオトナの女なのだ。