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猫を抱いて長電話14

时间: 2020-08-09    进入日语论坛
核心提示:ローンを組むのもラクじゃない 前回、「作家稼業というものは、なかなか世間に通用しなくて困る」という内容のエッセイを書いた
(单词翻译:双击或拖选)
 ローンを組むのもラクじゃない
 
 前回、「作家稼業というものは、なかなか世間に通用しなくて困る」という内容のエッセイを書いたが、今回はその続編、第二弾。
 先日、毛皮屋にミンクのコートを買いに出かけた。……などと書くとイヤミなのだが、事実なのである。
 私が生まれて初めてミンクなるものを買ったのはかれこれ八年前。傷物だったため、驚くほど安く買えた。ともかく毛皮を買うためには、年収一千万以上、土地ないしはマンションを持ち、駐車場には車が二台……という生活環境が必要だと本気で信じていたころの話である。手に入れたミンクを眺めて、しばし、「こんな大それた品物を買ってしまって、果たしてよかったのだろうか」などと溜め息をついていたのだから、我ながら可愛い時代もあったものだ。
 さて、そのミンクのコート、毎冬、すこぶる愛用してきたのだが、さすがに安物。八年もたつとボロボロで、毛並みも悪くなり、裏地はすりきれ、なんともみっともなくなってしまった。
 ついこの間、飲みに行った店で、ママさんに「あら、どうしたの? このウサギのコート、ちょっと毛並みが悪いじゃないの」と言われ、ガクゼン。ミンクがウサギに見えるようじゃ、話にならない。まあ、着るほうも年をとったことだし、ここでちょっくら買い換えよう、と思ったのが発端なのであった。
 さて、そういうわけで、私はひとりで意気揚々と渋谷《しぶや》に出かけた。今や、誰もが気軽にローンで毛皮が買える時代。昔のように毛皮を着ることが一部、金持ちのステータスシンボルではなくなったから、丸井のクレジットカードでワンピースを買うような気楽な気分だった。
 買いに行った店は、広告でもおなじみの大きな毛皮ショップ。別におどおどする必要もないので、私はふらりと店の中に入って行った。
 現れ出たるは、中年の女性。私がラフな恰好《かつこう》をして行ったせいか、ちっとも真面目に商品を勧めてこない。冷やかしの学生か何かと思ったのか、「どなたに買っていただくの?」などと聞く。
 そう言われてふと店内を見渡すと、来ている客は全員、親子連れだったり、一目で「愛人」とわかる若い女性を連れた初老の紳士ばかり。それも皆さん、派手に着飾っていらっしゃる。ラフな恰好で、しかもひとりで来ているのは私ひとり。そのうえ、文筆業となると……。いやな予感がした。
 だが、あちこち店を変えて探し歩くのも面倒である。ちょうど手頃な価格のミンクがあったので買うことに決めた。
 ローンで支払うため、早速、店専属のクレジット会社の男が呼ばれ、書類作成にかかった。彼は「この書類に記入してください」と言う。
 名前、住所、年齢……そこまではいい。職業、勤め先の連絡先、勤続年数……という欄でボールペンの動きがふと止まる。
「あのう、私、自由業ですので……」
「と申しますと?」
「文筆業……物書きなんです。ですから家で仕事をしていて……」
「はあ」とクレジット会社の男性は、メガネの後ろでギラリと目を光らせる。
 私は微笑む。「本を書いていましてね。書店にも何冊か本が並んでいると思いますけども……」
 メガネの後ろのギラリ視線は変わらない。「ちょっとお待ちください」と彼は書類を抱えて姿を消した。
 毛皮屋の女性が、さして興味もなさそうににこやかに聞く。「本って、どんな本をお書きなんですの?」
 きたきた……と思いつつ、私はまたにっこりと笑って「ミステリー小説なんです。エッセイも書きますけど……」
 そこへもうひとり別の女性従業員が登場。「こちらのお客様はミステリー小説をお書きになるんですってよ」とさっきのひとりが話しかけると、彼女は「まあ」とほほえましそうに目を輝かせた。「小説のお勉強ですか。夢があってすばらしいですわねえ」
 どうやら、カルチャーセンターの小説講座か何かに通っているんだと思われたらしい。
 やれやれ、と思いながら出されたコーヒーなど飲んでいたが、さっきのクレジット会社の男がいくら待っても戻って来ない。三十分は待ちましたね。待っている間中、私は考えた。この人は文筆業であり、疑わしい人間ではない……と証明してくれる身分証明カードか何かを日本文芸家協会は発行すべきである、と。物書きだって、一生に一度くらいは、ローンで毛皮を買うのです。せめて気持ちよく買いたいものですよ、まったく。
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