働く女がキャリアウーマンと呼ばれ、もてはやされ、何やらやたらとカッコよく喧伝《けんでん》されている。
女の人が仕事を持ち、世の中を渡っていくのは、相当の覚悟とエネルギーが必要だと言われていた時代は過ぎた。今はそれが当たり前のことになり、結婚出産後に仕事を続けている人が、特別の女のように見られることはまずなくなった。
そんな時代を投影してるな、と面白く思ったのが、例の「しば漬け」のテレビCMである。
このCMには二種類あって、最近、流されているのは、深夜、仕事帰りか何かの女性が、ネオンまたたく大都会の路上に立って「だけど、ウチ、しば漬け好きやし!」と叫ぶ�関西編�である。
前後のストーリーは定かではないが、想像するに、この女性は仕事を終えて、さて、どこかで一杯やってくか、という心境になったか、あるいは仕事仲間に「どう? ちょっと一杯やってかない?」と誘われたかしたのであろう。で、彼女はどうしようか、と迷う。気取ったカフェバーに行くのも悪くはない。でも、きちんと着こなした、よそいきの服装や、足を締めつけるヒップアップ式のパンティストッキングがうっとうしく感じられる。剥《は》げないよう注意して何度も塗り直したお化粧も、いい加減、洗い流してさっぱりしたい。
それに第一、カフェバーなんかで、お上品な小エビのマリネなんか食べたくもない。今、やりたいこと。それは、化粧を落とし、パジャマに着替え、誰の目を気にすることなく、しば漬けで御飯を食べることなのよーっ!……と、そうした状況を描いたものなのだろう。
この�関西編�の前に流されていた�エレベーター編�というのも、これまたよかった。
ハイヒールの音も高く、高層ビルの廊下を打ち合わせなどしながら歩く、実に素敵なキャリアウーマン。書類を男性社員に見せたりして、ひとりエレベーターに乗り込む。そこで彼女はエレベーターの壁に身体をよりかからせながら、一言、うんざりしたようにつぶやくのだ。
「ああ、しば漬け食べたい」
これには笑いました。仕事をしている女なら、ほとんど誰でも経験のあることだろう。
仕事はそれなりに面白い。やる気も充分。それに大がかりな仕事を任されたりもすれば、なおさらエネルギーが湧いてくる。しかし、女は疲れる。昨夜は打ち合わせかたがた、取引先の連中とフランス料理を食べ、ワインを飲み、女だというので笑みをたやさずにいたため、神経をすりへらし、くたくたに疲れて帰った。今朝もまた、早起きして、きちんとシャワーを浴び、シャンプーし、満員電車にゆられて出社。仕事場では山のような仕事が待ちかまえている。
昼食の後で口紅もちゃんと塗り直した。顔つきに疲れが出ないよう、心がけ、歩き方だって、よたよたしないよう、背筋を伸ばして歩くよう心がけた。
しかしもう、限界。ハイヒールの中で足はむくみ、笑顔だってひきつってくる。そこで一言。「ああ、しば漬け食べたい」……となるのである。
このCMは私の友人たちにも、えらく評判がよかった。ワカル、ワカル、その気持ちという感じで全員の意見が一致したのである。
かつて、「女は自立して頑張らねばならない」という風潮があった。女は頑張った。退屈な人生を受け入れるよりも、素手で人生を作りだそうと努力した。仕事を持った。おかげで、つまらない倫理観、封建的な価値観から解放された。
そこでこのCMの登場なのである。働くのは当たり前。もう仕事も板についた。しかし、しかしである。それにしても、疲れる毎日だよね……という嘆きにも似たつぶやき。
住宅ローンの返済に悩まされ、出張ずくめで身体をこわし、上司に怒鳴られ、一時間半かけてやっと家に戻って、女房に「茶漬でも喰いたいな」と言えば、「もうとっくに御飯なんか捨てちゃったわよ」と言われるようなサラリーマンのオトーサン。そのオトーサンが、同じセリフを吐いたとしても、面白くもなんともない。面白いのは、同じセリフを女が吐くところなのだ。
「しば漬けでも食べないと、やってらんないわよ」という女たちが、自宅に帰り、化粧を落として満足げに箸と茶碗を持つシーンの新鮮なこと。そのうち、「疲れるのはお互いさまだよね」と男女がつぶやき合いながら、深夜の台所でお茶漬け用のメザシを焼くCMが登場するかも……。