最近、素朴な疑問を抱いている。東京の人口はここ十年ばかりの間に、二倍に増えたのではないか。人口一千二百万……と総理府が発表しているのは計算違いで、実は二千万……いや、ひょっとすると三千万近くになっているのではないか。
日曜日の渋谷に行ったことのある人なら、わかると思うが、だいたい、西武デパートの前の道は、ラッシュアワーの電車みたいで、前に進むことなどできやしない。頭のおかしくなったヤツが、デパートの屋上から飛び下り自殺でもしたら、自殺しようとした本人は人波がクッションの役割をしてくれるので助かり、下を歩いてた連中は、間違いなくまとめて五人は病院行きとなることだろう。
私はつい最近、日曜日のあの魔の三角地帯で、ハトにフンを引っかけられたのだが、私の両隣にいた二人の若い女の子にも、そのフンの飛沫《しぶき》が飛んで、結局、被害者は三人となった。ハトごときの小さなフンでも、三人に被害が及ぶのだからわかってもらえると思う。
公園通りまで出ると、なんとか前進が可能だが、周辺のビル内は人、人、人の山だ。西武デパートが経営するLoft、若い子たちに圧倒的人気の東急ハンズあたりに行って買物をしようと思ったら、前日の夜、たっぷり十時間は眠って、朝食にウナギ定食を食べ、そのうえ、強壮剤持参で臨んだほうがいい。そうでないと、途中で体力的にメゲて、引き返してしまうことになりかねないからである。
ふだんの日曜日でさえ、このありさまなのだから、年末ともなると、正気とは思えない混雑ぶりを目のあたりにすることになる。私は今年から年末は一切、外出しないことに決めた。去年は暮れに、渋谷の魔の三角地帯で買物をし、ほとんどこれは死の行軍ではないか、と思ったからである。
だまされたと思って、クリスマスの前に渋谷のLoftに行って、クリスマスカード一枚とサインペン一本を買ってごらんなさい。商品を選んで、レジの前に並び、金を払って釣銭を受け取り、エスカレーターを降りるまで、三十分以内ですんだら、あなた、それは相当、運が強い、ということですよ。
外は寒風吹きすさんでいても、あの人ごみの中は熱帯ジャングルそのもの。人いきれの中を汗だくになって走りまわっていると、日射病にでもなったようにめまいがしてくる。ああ、そうですか、もう、わかりましたよ、ええ、ええ、こんな時に買物に来た私が悪いんですよ……なんて呟《つぶや》いて、髪振り乱しながら外に出て、結局、後でよくよく見てみると、買ったものが気にいらなかった、なんてことはしょっ中だ。
こういう現象がおきているのは、もちろん、渋谷に限ったことではない。新宿も原宿も同様。東京タワーほどもある巨大な掃除機で人ごみ(文字通り、人のゴミ)を吸い取ったら、どんなにすっきりするだろうか、なんて考えるのは、私の頭がおかしいせいだろうか。
人間が多いだけなら、まだしも我慢できるが、車の台数もウナギ上りに増えている。この狭い都会にいて、何故、車を買おうとするのかわからないが、だいたい、用もないのに都内を走り回る連中が多すぎる。高速道路は渋滞、渋滞で、時には駐車場みたいに車が止まったまま動かないこともあるし、雨の金曜日の夕方ともなると、これはもう、あんまりひどすぎてお話にもならない。車は単なる雨つゆをしのぐ箱と化し、ただ、一列に並んで、道路を封鎖するのみ。この前、乗ったタクシーの運転手は、棺桶に片足を突っ込んだ人のような弱々しい声で、「東京はもうだめですよ」と言っていた。「こんなところで毎日、運転してるオレもオレなら、こんなところで車でどっかに行こう、っていう客も客。お互いさま、頭のどっかが狂ってんですよ」
しかし、いつからこんなになったのか、と考えてみるのだが、ホント、よくわからない。あれよあれよ、という間に街に繰り出す人間が増えてきて、あれよあれよ、という間に車の台数が増えたのだ。それに伴って、モノがあふれ、それを欲しがる連中がさらに街にあふれた。人々は何かに取りつかれたように、モノを欲しがり、そのためにせっせと働き、車を乗り回し、仕事のしすぎで過労死し……それでもなお、トーキョーというところは、人々の耳もとに甘ったるい声で見果てぬ夢を囁《ささや》き続ける。
私は来月から、信州で暮らすことにした。好きでたまらなかったけど、やっぱり鬱陶《うつとう》しくなって別れることに決めた腐れ縁の恋人……それが私にとっての東京だったような気がする。