陽子はとっさにその場を逃げた。体が逃げることを切望していて、思わずそれに従ってしまった。逃げた後でようやく周囲の様子が目に入る。
あきれた表情の女教師と、同じくあきれた表情の生徒たち。一拍送れて、どっと笑いがわいた。
ほっと息をついてから、陽子はにわかに赤くなった。
眠っていたのだ。このところ夢のせいで寝つきが悪く、眠りも常に浅かった。ずっと寝不足ぎみだったから授業中にトロトロしたことはよくあるが、夢を見たのははじめてだった。
ツカツカと女教師が近づいてきた。どういうわけだが陽子を目のかたきにしている教師だった。よりによって、と陽子は唇をかむ。陽子はおおむね教師にうけがよかったが、いくら従順にふるまっても、この教師とだけはうまくやっていくことができなかった。
「……まったく」
彼女はそう言って英語の教科書で陽子の机を叩く。
「いねむりをする生徒ならいますけどね、寝ぼけるほどゆっくりお休みいただいたのは、はじめてですよ」
陽子はうなだれて席に戻る。
「あなたは、なにをしに学校へ来てるんですか。眠いんだったら家で寝ていればいいでしょう。授業がいやなら、なにもむりに来ていただかなくてもいいんですよ」
「……すみません」
教師は教科書の角で机を叩く。
「それとも、そんなに夜遊びでいそがしいの?」
どっと生徒たちが笑った。てらいもなく笑った生徒のなかには、友達の姿も混じっている。聞こえよがしの笑い声が左隣からも聞こえた。
女教師はかるく、ひとつに編んで背中にたらした陽子の髪を引っ張った。
「これ、生まれつきなんですって?」
「……はい」
「そう? わたしの高校の友達にもいたわね、こういう髪のひとが。なんだか彼女を思い出すわ」
そう言ってから教師は笑う。
「もっとも、その人はあなたと違って脱色してたんだけど。三年のときに補導されて学校を辞《や》めちゃったの。今ごろどうしてるかしら。なつかしいわ」
教室のあちこちで、しのび笑う声がおこる。
「──それで? 授業をうける気があるの? ないの?」
「……あります」
「そう? じゃ、時間中立ってなさい。そうすれば起きてられるでしょう?」
教師はそう命じてふくみのある笑い方をしてから、教壇に戻った。
立ったまま授業を受けたその時間中、教室の中ではしのび笑いが絶えることがなかった。