ここはいったいどういう世界で、どんな場所なのだろう。
こちらに来るのには月の影を通ってきたが、あれじたいがそもそもおかしい。月の影をつかまえるなど、夕陽をつかまえるのと同様にできるはずのないことだ。
ケイキと、その周りにいた不可解な獣たち。陽子の世界にあんな獣はいない。まちがいなく、あれはこちらの生き物だろう。──そこまでは理解できるのだけど。
ケイキはいったい、なにを思って陽子をここへ連れてきたのか。危険だといい、守ると言ったが、陽子はこうして放置されている。
ケイキたちはどうしたのか。あの敵はいったい何者で、なにを目的に陽子を襲ったのだろう。それがぜんぶ夢にそっくりだったのはどういうわけなのだろう。──そもそも陽子はなぜひと月もあんな夢を見つづけたのか。
考えはじめるとわからないことばかりで、思考が迷子になりそうだった。ケイキに出会ってからというもの、なにもかもが疑問符でできていて、陽子に理解できることのほうが少ない。
ケイキがうらめしくてならなかった。
突然現れて陽子の事情にはかまわず、得体の知れない世界に無理やり引きずり込んだ。ケイキにさえ会わなければ、こんなところに来ることもなかったし、バケモノとはいえ生き物を殺すような事態にだってならなかったはずだ。
だからなつかしいとは思えないが、ケイキ以外に頼るものがない。なのにケイキたちは陽子を迎えに来ない。あの戦闘でなにかがおこって迎えに来たくても来れないのか、それともなにか事情があるのか。
それでいっそう自分のおかれた状況が困難なものに思えた。
──どうして自分がこんな思いをしなければならないのだろう。
陽子はなにをしたわけでもない。ぜんぶケイキのせいだ。そう考えると、バケモノに襲われたのまでケイキのせいのような気がする。
職員室で聞いた声は「つけられていた」と言わなかったか。ケイキは「敵」と言っていたが、それは陽子の敵という意味ではないはずだ。陽子にはバケモノに敵を作る心当たりなどない。
陽子はケイキの主《あるじ》だという。それがそもそもの原因だという気がした。陽子がケイキの主だから、ケイキの敵に狙《ねら》われた。その敵から身を守るために剣を使わなければならなかったし、こんなところに来なければならなかった。
しかし、主になった覚えなど、陽子にはないのだ。
主と呼ばれるいわれがあるとは思えなかった。だとしたら、ケイキの誤解か、勝手な思いこみだろう。
ケイキは「探した」と言っていた。きっと彼は主を探していて、なにか重大な間違いを犯してしまったのだ。
「なにが、守る、よ」
陽子は小声で毒づく。
「ぜんぶ、あんたのせいじゃない」