目を開けるとそこは粗末な部屋のなかで、大柄な女が困ったように陽子をのぞきこんでいる。
「目が覚めたかい? 疲れてるようだけど、とにかく起きてご飯をお食べ」
「……すいません」
陽子はあわてて身をおこす。達姐の表情を見れば、自分がかなりのあいだ眠りこけていたのがわかる。
「謝ることはないさ。どうだい? 出かけられそうかい? それとも明日にしようかね」
「だいじょうぶです」
起き上がってそう答えると、達姐は笑う。それから自分の寝台を指さした。
「着るものはそこだよ。着方はわかるかい?」
「たぶん……」
「わからなかったらお呼びね」
言って達姐は隣の部屋に消える。陽子は寝台を下りて、彼女がそろえてくれた着物を手に取った。
紐《ひも》でくくりつける踝丈《くるぶしたけ》のスカートと、短い着物のようなブラウス、同じく短い上着でひとそろいだった。初めて身につける衣服は落ちつかない気分にさせる。何度も首をひねりながらそれを身につけて隣の部屋に行くと、テーブルの上に朝食がならんでいた。
「おや。よくお似合いだ」
達姐はスープの入った大きな器《うつわ》を置きながら笑う。
「すこし、じみかね。若いころの着物があればよかったんだけどね」
「……とんでもない。ありがとうございます」
「あたしにはちょっと派手なのさ。どうせそろそろ人にあげようと思ってた。──さ、ご飯にしよう。うんと食べておきなよ。これからずいぶん歩かなきゃならないんだからね」
「はい」
陽子はうなずいて頭を下げ、テーブルについた。箸《はし》を手にとるとき、一瞬だけ昨夜の猿が言った言葉を思いだしたが、現実味を感じなかった。
──良い人だ。
匿《かくま》ったことがわかれば、それなりの咎《とが》めもあるだろうに、ほんとうによくしてくれる。疑っては罰があたるというものだろう。