それをにぎって、陽子は人込みにまぎれて門を入る。衛士《えじ》に声はかけられなかった。入った街の道を奥へ向かう。門から遠ざかるにしたがって宿代が安くなることを達姐との旅で聞いて知っていた。
「坊主、なんにする」
入った宿屋でそう聞かれて、陽子はかすかに笑った。宿屋はたいがい食堂と兼業になっている。入るとまずオーダーを聞かれるのが常だった。
陽子は店の中を見わたす。食堂の雰囲気を見れば、宿のていどがわかる。この宿は良くはないが、そうひどくもなさそうだった。
「泊まれますか」
宿屋の男は陽子をうさんくさそうに見る。
「坊主、ひとりかい」
陽子はただうなずくと、
「百銭だ。金はあるんだろうな」
陽子はだまって財布を示してみせる。宿では後払いが普通だった。
通貨は硬貨で、四角いものと丸いものが何種類もあり、四角いもののほうが価値が高い。単位はどうやら「銭《せん》」で、硬貨にはそれぞれ値が彫《ほ》ってあった。金貨や銀貨もあるようだが、紙幣《しへい》はみかけない。
「なにかいるかい」
男に聞かれて陽子は首を横にふる。宿で無料のサービスは井戸を使わせてもらうことぐらいで、風呂をつかうのにもお茶を頼むのにも料金がいった。それを達姐との旅で知っていたから、食事は門前の屋台ですませた。
男はぶっきらぼうにうなずいて、店の奥に声をかける。
「おい、泊まりだ。案内しな」
ちょうど奥から出てきた老人がそれにこたえて頭を下げた。老人はニコリともせずに陽子に目線で奥を示す。ちゃんと自分で宿を取れたことに安堵《あんど》して、陽子はそれについていった。