とっさに目をあげて自分の腕を確認し、陽子はそこに突き立った刀をみつける。
最初はそれがなにを意味するのか、わからなかった。曇天《どんてん》の空にむかって、まっすぐに立った一振りの刀。
一瞬ののちに痛みで我に返った。
刀は陽子の右手を地面に縫いとめていた。
細い刀身が深々と手の甲に刺さっていた。そこから脈打つような痛みが頭に向かって突き上げてくる。
そっと腕を動かしてみたが、引き裂かれる痛みに悲鳴があがる。
目眩《めまい》と痛みをこらえて身を起こした。縫いとめられた手を、これ以上痛めぬように気をつけてなんとか起きあがる。震える左手を伸ばして柄《つか》をつかんだ。目を閉じ、歯を食いしばってそれを引きぬく。全身が痙攣《けいれん》するほどの激痛があった。
ぬいた刀を投げ捨て、傷ついた手を胸に抱いて、陽子は獣の死体が倒れたあいだを転げまわる。悲鳴は声にならない。痛みのあまり猛烈な吐き気がした。
のたうちながら左手で胸をさぐる。珠を握って紐《ひも》をむしった。にぎりこんだ珠を右手にあてる。はぎしりし、うめきながらつよく珠をあてて身体を丸めた。
宝重《ほうちょう》の奇跡は陽子を救った。痛みがすみやかにひいていった。しばらくそのまま、息をつめるようにして堪えてから体を起こす。
珠を傷にあてたまま、そっと右手の指を動かそうとしてみたが、手首から先は感覚がなかった。とにかく左手で右手に珠をにぎらせた。
地面に転がったまま、陽子は右手を抱え込む。薄く目を開けて空を見ると、雲はまだ茜色《あかねいろ》に染まっている。気を失っていたのは、ごく短い時間だったようだ。
あの女は何者だったのか、どうしてこんなことをしたのか、考えたいことはたくさんあったが、とうてい思考することができない。とにかく手探りで陽子自身の剣を探し、柄《つか》をにぎると剣と右手とを抱きこんで、しばらくそのまま丸くなっていた。
声が聞こえたのは、そうしていくらもたたない頃だった。
「……あ」
声のほうに視線をむけると、小さな子供が立ちすくんでいた。女の子は背後をふり向いて声をあげた。
「お母さん」
小走りに女がやってきた。