人出は多く、店先では呼び込みをするのでいっそう賑やかだった。
「驚いたろ」
「うん」
「雁《えん》国が豊だって話は聞いていたけどな、実際に烏号《うごう》を見るとびっくりするな」
陽子はうなずいた。通りは広く、街の規模も大きい。周囲にめぐらした城壁はその厚みが十メートルはあって、街の内側では城壁をえぐってそこで商店が営まれている。それはちょうどガード下の風景に似ていた。
建物は木造の三階建て。天井は高く、どの窓にも必ずガラスが入っている。ところどころに煉瓦《れんが》や石を使った高い大きな建物もあって、たんに中国風では終わらない奇妙な雰囲気を作っていた。
道は石で舗装してある。道の両脇には下水溝も見える。公園があって広場がある。どれも巧《こう》国では見かけなかったものばかりだ。
「自分が、すごい田舎《いなか》者になった気がするな」
陽子が周囲を見回しながら言うと、楽俊は笑う。
「おいらもそう思った。もっとも、おいらは本当に田舎者なんだけどな」
「城壁が何重にもあるんだね」
「うん?」
陽子は楽俊に町並みのあちこちに見える高い壁を示してみせる。
「──ああ。正確には街の外側の壁を郭《かく》壁、内側の壁を城壁ってんだ。巧国じゃ城壁のある街はめったにねえけどな。でも、ありゃあ郭壁だろうなぁ。街を大きくしていった名残じゃねえかな」
「……へぇ」
城壁の下や広場には慶《けい》国からの難民が住んでいたが、同じような体裁のこぎれいなテントが並んでいて、あまり荒《すさ》んだ印象はない。街から支給されたテントなのだろうと、これも楽俊の言である。
「ここは州都?」
「いんや。郷都だ」
「郷は州のひとつ下?」
「いんや。ふたつ下だな。二十五戸の里から始まって、族《ぞく》、党《とう》、県、|郷、郡、州と大きくなる。郡は五万戸の組織だ」
「一州は何郡?」
「場所によってちがうな」
「ここで郷都ということは、郡都や州都はもっと大きいことになるね」
都や州は役所の名前で、郡の役所がある街が郡都、郡城という言い方もする。都の五万戸は行政区分上の話で、べつに五万戸がそこに住んでいるわけではないらしい。それでも里よりも族里が、郷都よりも郡都、郡都よりも州都のほうが街の規模が大きいのが普通だった。
「雁国と巧国と、どうしてこんなにちがうんだろう」
楽俊は苦笑した。
「主上の格のちがいだろうよ」
「格のちがい?」
振り返ると楽俊はうなずく。
「今の延《えん》王は希代の名君と言われているからな。治世はもう五百年だかになるはずだ。やっと五十年かそこらの塙《こう》王とはわけがちがう」
陽子は瞬《まばた》いた。
「五……百年?」
「奏《そう》国の宗《そう》王についで長い。治世が長ければ長いほど良い王だということだ。奏国も豊かな国らしいぞ」
「ひとりの王様が……五百年?」
「もちろん、そうだ。王は神だ。人でねえ。天はその王の器量に見合っただけ国を任せる。だからできた王ほど治世が長い」
「へえぇ……」
「王が替わるとどうしても国が乱れるから、良い王を持った国は豊かになるな。特に延王はいろんな改革をやらかした辣腕家《らつわんか》だ。名君というなら宗王も名君だが、奏国は安穏としていて、雁国は活気があるといわれてる」
「たしかに、活気があるね」
「だろう。──ああ、そこが郷だ」
楽俊が示した建物は煉瓦でできた大きな建物だった。壁や軒を飾る意匠こそ中国風だが、これは洋風建築と呼んでもさしつかえないだろう。内装も外観と同様に洋風と中華風が混沌《こんとん》としていた。