楽俊は陽子を待って、港で働いていたらしい。入港した船の手入れを手伝う仕事だったようだが、それをさも嬉しそうに語って聞かせた。
はじめて得た仕事を、楽俊は陽子に会ったのを機に辞《や》めた。仕事に切りがつくまで烏号《うごう》にいてもいいんだよ、と言うと、人を待っているあいだ働きたいと最初からそう言ってあったのだからかまわないのだと言う。
船が入った翌日には烏号を出て関弓《かんきゅう》に向けて出発した。陽子には高額でないとはいえ決して少なくはない額の給付金があったので、余裕のある旅になった。昼間に街道を歩き、夜には街に入って宿を取る。雁《えん》国の街はどこも大きく、同じ料金の宿でも設備は巧《こう》国のそれより数段よかった。夕刻には街に入り、宿を取って夜の街を見物する。特に楽俊は店頭をのぞいてまわるのが好きだった。
穏やかな旅になった。もはや陽子を追ってくるものはない。衛士《えじ》の姿を見るたびにおびえる必要はないのだという事実になれるのには時間がかかった。夜に街の外へ出ることはなかったのでよくわからないが、人の話を聞くかぎり夜道を歩いても妖魔とであうことはほとんどないようだった。
そんな旅のさなか、陽子が湯を使うあいだに散歩に出ていた楽俊が、海客《かいきゃく》の噂を拾ってきたのは烏号を出て十一日目、関弓までの道のりをようやく三分の一過ぎたころだった。