すると当然のように少年だと思われるので、雁国の宿には風呂があったが入りづらい。共同のサウナのような風呂らしいが、部屋で湯を使ってがまんするしかなかった。路銀に余裕があるので宿はちゃんと部屋を取っている。それでもなんとなくもったいない気がして一部屋ですませているので、風呂のたびに部屋から追い出される楽俊には迷惑な話かもしれない。
盥《たらい》で湯を使って髪を洗った。こちらの世界にまぎれこんでいくらも経たないころ、達姐《たっき》に髪を染めてもらってからずいぶんと月日が流れた。髪もずいぶん伸びている。達姐が庭先の草の根で染めてくれたのを、見よう見まねで同じような草を探し、試行錯誤で染めてきたが草の種類だか染め方だかが違うらしく、後から染めた部分は洗うたびに色が薄くなってしまう。いまではもとの赤と大差なかったが、そんな奇妙な色の髪にも、もうなれた。あいかわらず鏡を見るのは妙な気がしたが、正視に耐えないというほどでもない。いまさらのようにこちらになじみつつある自分を確認しながら体を洗って服を着がえた。
そこへ楽俊がもどってきて、海客の噂を披露したのだった。
「この先の芳陵《ほうりょう》って郷城に海客がいるらしいぜ」
「……そう」
会いたいとは思わなかった。会いたくないとも思わないが、会って同胞に落胆するのはかえってつらい。
「壁落人《へきらくじん》てえ人だそうだ」
「壁、落人?」
「ああ。庠序《しょうじょ》の先生らしいな」
では、あの老人ではないのだ、と陽子は思った。よく考えてみるまでもなく、あの老人のはずがないのだけれど、それは少しだけ陽子を安堵《あんど》させた。
「会いに行くだろう?」
楽俊は疑いのない目で陽子を見る。
「行ったほうがいいいんだろうな」
「行くんだろう?」
「そうだね……」