不可思議《ふかしぎ》な力に守られた五山《ござん》の、さらに守護のあつい蓬廬宮《ほうろぐう》の花は一花も残さずに散った。蝕《しょく》が通過した諸国からは甚大《じんだい》な被害が報告されたが、蓬山の女仙《にょせん》にとってはそれは心を動かされることではない。彼女たちにとって、重要なことは麒麟《きりん》のことでしかありえないのだった。
──問題は、蝕の歪《ゆが》みの中に呑《の》みこまれた果実が、どこへ行ってしまったのかということだった。
蝕はこの世と、この世ならざる世界をつなぐ。この世の外を蓬莱《ほうらい》といい、崑崙《こんろん》といった。一方は世界の果てに、もう一方は世界の影に位置すると伝えられる。
その真偽はともかく、それは人には行くことものぞき見ることもできない異境である。蝕と、月の呪力を使って開く呉剛《ごごう》の門だけがそのふたつの世界をつなぐことができた。
世界は虚海《きょかい》と呼ばれる海にとりまかれている。東へ抜けた蝕なら、泰果《たいか》は虚海を渡って世界の果て──蓬莱に流れていったのだろう。
人には渡れぬ世界だが、女仙は単なる人ではない。玉葉の指示のもと、多くの女仙が虚海に開いた門を越えて泰果を探しにいったが、泰果の行方《ゆくえ》は杳《よう》として知れなかった。
──麒麟は、失われてしまったのだ。
その日から長く、蓬山の東、虚海の東をさまよう汕子の姿が目撃された。