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十二国記157

时间: 2020-08-27    进入日语论坛
核心提示: 蓉可《ようか》は珍珠花《ゆきやなぎ》の隧道《すいどう》を抜けたところで、汕子《さんし》に出会った。 隧道を抜けたところ
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 蓉可《ようか》は珍珠花《ゆきやなぎ》の隧道《すいどう》を抜けたところで、汕子《さんし》に出会った。
 隧道を抜けたところにある小さな丸い広場は、柔らかな緑の草におおわれている。周囲の奇岩の斜面には、しがみつくようにして珍珠花が生《は》えていた。ちょうど隧道の上に生えた一株は、白い花の枝を簾《すだれ》のように丸い出口にさしかけている。
 その花の簾をそっとかき分けたところで、蓉可は斜面を下ってくる汕子を見つけたのだ。
 蓉可は海桐泉《かいどうせん》の水が入った桶《おけ》を足元に置く。
 人馬には通えぬ奇岩の上を、女怪《にょかい》は軽々と駆《か》けていく。斜面の上から汕子が下りてくることに不思議《ふしぎ》はないが、肝心《かんじん》の汕子の姿を見るのが久方ぶりだった。
「──汕子、お帰り」
 女怪《にょかい》は迷路を越えて東の方角へさまよい出る。一旦《いったん》出ると、長いときにはひと月ほども帰ってこないのが常だった。
 なにが目的の旅なのかは、蓬廬宮《ほうろぐう》の女仙《にょせん》のすべてが知っている。倦《う》むほどさまよってから、女怪は疲れはてた顔で帰ってくるのだった。
「ちょうどいい。水を汲《く》んできたところ、そこにお座りなさいな」
 蓉可が言うと、汕子はおとなしく豹《ひょう》の脚《あし》を折って、珍珠花《ゆきやなぎ》の下に真っ白な身体《からだ》を休めた。
「今度は長かったね。黄海《こうかい》の果てまで行っていた?」
 できることなら黄海をとりまく金剛山《こんごうさん》も越えて、さらに東へ行きたいだろうが、どんな生き物も金剛山を越えることはできない。いかなるしくみでか、そのように定められていた。
「ほら、おあがり」
 桶《おけ》を口もとにあてがってやると、汕子はおとなしく縁《ふち》に口をつけた。
 ひとしきり飲むと顔を上げたので、桶をおろして袖《そで》から出した布を水に浸《ひた》した。軽くしぼって、脚にあててやる。支えた手にもその脚が熱をもっているのがわかった。
「ああ、こんなに腫《は》らして」
 布で爪先をくるむようにしてやると、汕子は真円の目を閉じる。首を珍珠花の茂みに軽くもたせかけるようにして、その重みで雪のように花が散った。
 ここにあった珍珠花はかつて一度根こそぎ折れた。ただの一本でさえ残らなかった。
 ──もう十年も前の話である。
「気持ちいい? あまり遠出をしないのよ」
 汕子は答えなかったが、それはいつものことなので蓉可も気にとめなかった。
 大きな蝕《しょく》があった。さすがに五山《ござん》では地形が変わることはなかったものの、五山の外では地勢が一変した。──そうして白い木の果実はもぎとられた。
 女怪は悲鳴をあげ、号泣し、それ以後汕子の声を聞いたものはいない。
 蓉可は四本の脚をていねいに冷やしながらぬぐってやった。
「まだ痛むでしょう。川へ行って冷やしてらっしゃい」
 言って、すっかりぬるくなった水をその場にこぼすと、汕子は立ち上がって歩き出した。
 汕子がとぼとぼと歩き出した枝道の方角には川はない。彼女は白い木の根元へ戻るのだ。蓉可にはそれがわかったが、あえて呼び止めたりはしなかった。
 蓉可には汕子の気持ちがわかるのだ。
 麒麟《きりん》の木に小さな実がついて、それが孵《かえ》ったら世話を手伝わせてやろうと言われた。
 下界では人が麒麟《きりん》に会うことはめったにない。昇仙《しょうせん》して蓬山《ほうざん》に召し上げられて、初めて蓉可に与えられる責任のある仕事になるはずだったし、生まれて初めて間近に見る麒麟になるはずだった。
 その果実は流されて、麒麟のために用意された蓉可の両手は宙に浮いた。汕子が養う相手を失って乳房を──人の形をした上体の胸には少女のように微《かす》かなふくらみしかない。それは豹《ひょう》の形をした下肢《かし》のほうにあった──腫《は》らしていたように、蓉可の中にもまた、行き場を失って疼《うず》くものが残された。
 果実が流れて十年。どの女仙《にょせん》も、もう泰麒《たいき》が帰ってくることはあるまい、と言う。きっとそのうち新しい泰果《たいか》が捨身木《しゃしんぼく》に実る。それは失われた麒麟が異界で死んだことを意味するのだと、そう言うのだ。
 それでも諦《あきら》めきれなかった。汕子がいまも東の方角へさまよい出るように、蓉可もまた、泰麒のためになにかをすることをやめられない。無事を祈りつづけ、細々《こまごま》とした品を用意し、少しでも役に立てるよう麒麟についてできる限りのことを学ぶ。そうせずにはいられないから、汕子の気持ちは痛いほどわかるし、汕子もまた女仙とは深くかかわろうとしないなかで、蓉可にだけは馴染《なじ》んでくれた。
 足をひきずるようにして去った白い背を見送って、蓉可は桶《おけ》を抱えあげた。
 水を汲《く》みなおそうと踵《きびす》を返したときだった。珍珠花《ゆきやなぎ》の簾《すだれ》が動いて、隧道《すいどう》から女仙のひとりが顔を出した。
「こちらに汕子がこなかったかえ」
 蓉可は、たったいま汕子が曲がっていった枝道のほうを見やった。すでに汕子の姿は見えない。
「木のほうへ行ったけれど」
「大急ぎで追いかけておくれでないか」
「あたしは、水を」
「玄君《げんくん》のお召しだ」
 蓉可は目を見開いた。
「どうやら泰果の行方《ゆくえ》がわかった」
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