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十二国記165

时间: 2020-08-27    进入日语论坛
核心提示: 泰麒《たいき》はとぼとぼと小道を歩いていた。目的があって歩いているわけではないし、だから道の様子など見てはいなかったが
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 泰麒《たいき》はとぼとぼと小道を歩いていた。目的があって歩いているわけではないし、だから道の様子など見てはいなかったが、汕子《さんし》がいれば道に迷うことはありえない。そもそも、泰麒だって自分が住む露茜宮《ろせんきゅう》の周辺以外は、まったく道などわかりはしないのだ。
 あてもなく歩いているうちに、ふいに小道の先に行く手を遮《さえぎる》る門が見えた。扉はぴったり閉ざされて、完全に道を遮断している。
 これが蓬廬宮《ほうろぐう》の果てだった。露茜宮からここまでは、まっすぐに来ても相当の時間がかかるはずだが、それでは驚くぐらい長い間、自分は物思いに沈んでいたらしい。
「…………」
 泰麒は溜《た》め息《いき》をついた。門には内側に閂《かんぬき》があるばかり、開けようと思えばたやすく開けられるが、門の外にはけっして出てはならないと、そう女仙《にょせん》たちに教えられていた。
 そのままひきかえす気にもなれず、泰麒は背後を振りかえる。無言で後をついてきていた汕子に向かって手を伸ばした。
「汕子、上に連れていって」
 汕子はうなずいて、泰麒を抱き上げる。普通の女ならそれが困難なほど泰麒はもう大きいが、蓬山《ほうざん》に帰って以来見かけほどの重さはない。仙骨《せんこつ》とかいうものがあって、泰麒はうんと軽いのだ。それで汕子は苦もなく泰麒を抱きあげて、軽く岩壁を蹴《け》ると奇岩の上に向かって駆《か》けあがった。
 岩の上から見おろした蓬廬宮は迷路そのものだった。
 ところどころに碧《あお》く輝いて見えるのは数々の宮の屋根、迷路の奥には白い木の枝が陽射しを受けて輝いて見える。
 泰麒は汕子に抱き上げられたまま、しばらくその方角を眺めた。
 上から見た蓬廬宮は扇状をしている。もっとも奥の東の高台に捨身木《しゃしんぼく》があって、その先はない。切り立った断崖で、どれほどあるかわからない段差の下には、人が歩くことさえ困難なほど複雑な奇岩地帯が果てもなく広がっているのだ。
 その高台を突端に、迷宮はごくゆるやかに下りながらその幅を広げていく。無数にある枝道は堂々めぐりをくりかえしながら、やがてひとつの小道に収束し、その道が唐突に門で区切られて、それが迷宮の終わりなのだった。
 迷宮の北は険しい峰だった。絶壁を作り、尖塔《せんとう》を作りしてはるかな高みへ駆けのぼる山は、汕子といえども登攀《とうはん》がむずかしい。
 東を断崖に北を絶壁に守られて、蓬廬宮をたずねるには門を抜け、複雑極まりない迷路を正しく抜けるしかないようになっている。
 ──そして、と泰麒は汕子の腕《うで》を下りて奇岩の頂上に立ち、背後を振りかえった。
 迷宮の外、南と西にはさらに下りながら、広大な迷路が続いていた。
 外の迷路と内の迷路は複雑に入り組んで、こうして上から見おろしていても、どこまでが内でどこからが外なのか見分けることができなかった。
 外の迷路は内の迷路に比べて、はるかに読み解くことがやさしい。道幅も広く、あちこちに点在する広場も桁《けた》違いに広い。あてずっぽうに歩いても太陽の位置さえ把握《はあく》していれば、ここまで来るのはそう難しいことではないだろう。
 そう思いながら見渡して、泰麒はかなり離れたところにある奇岩の麓《ふもと》に、翠《みどり》の釉薬《うわぐすり》の輝きを見つけた。
「汕子、あれはなに?」
 指さすと、汕子もまた真円の目をそちらへ向ける。
「甫渡宮《ほときゅう》……」
「門の外にも宮があるの?」
「離宮でございます」
「……ふうん」
 泰麒は奇岩の上に腰を下ろした。
 しばらく緑の迷宮に見入る。奇岩の上には疾《はや》い風が吹いていた。見わたすかぎり、海などなさそうなのに、潮の匂《にお》いがした。
「……どう、なさいました?」
 しばらく風に吹かれていたら、汕子がそっと問うてきた。汕子がこんなふうに話しかけてくることはまれだから、よほど考えこんでいたのだろう。
 泰麒はふと、外の迷路をたどっていた視線を上げて汕子を見た。
「汕子は転変《てんぺん》してそういう姿をしているの? それとも、最初からそういう姿なの?」
 汕子は泰麒の頭をやんわりとなでる。
「女怪《にょかい》は転変いたしません。転変できるのは、その力が尋常《じんじょう》ではないからです」
「……ふうん」
「姿を変えることは、難しいことなのです。妖魔《ようま》のなかにも転化《てんげ》するものがおりますが、そういった妖魔は王の手にも余るほど魔力|甚大《じんだい》なもの」
「妖魔?」
「妖《あやかし》の技を持ち、天の秩序に従わぬものを妖魔と呼びます」
「女怪も妖魔?」
 汕子は首を振った。
「女怪は人と妖獣のちょうど間に位置するもの。人妖《にんよう》とも妖人《ようじん》とも申します。蓬山で生まれた女だけを特別に女怪と呼びますけれど」
「じゃあ……麒麟《きりん》は妖獣?」
 汕子は泰麒にだけそうと知れる表情で笑った。
「妖の技を持つ獣なのは確かでございますが。──いいえ、麒麟を妖獣とは呼びません。麒麟は神獣と申しあげるのですよ」
「どうして?」
「この世に麒麟より尊い方は神と王だけ。……もっと正しく申しあげれば、この世に泰麒よりも身分の高いお方は、泰王《たいおう》と西王母《せいおうぼ》さま、天帝しかおられないのでございます」
「……よく、わからない」
 汕子は何度も泰麒の髪を梳《す》く。
「では、こう覚えていらっしゃいませ。西王母も天帝も下々には交わらぬお方。お会いすることもありますまい。……ですから、泰麒より尊いお方は泰王しかおられないのだと」
「そのほかのひとは? 玉葉《ぎょくよう》さまは、ぼくよりずっと偉《えら》いひとではないの?」
「玉葉、と名前でお呼びになれるのは、身分が等しいからでございます。さま、とお呼びするのは、そのほうが礼儀にかなっているからです」
「難しいんだね」
「難しゅうございますか?」
「うん」
 泰麒は足元の風景を見おろす。しばらく風を吸ってから、汕子に聞いた。
「どうすれば……転変《てんぺん》できるようになるだろう」
 汕子は泰麒の少し憂鬱《ゆううつ》そうな横顔にあらためて目をやった。
「それは泰麒の生まれながらお持ちの力。……必要になれば、必ず思い出されます」
「そうかなぁ……」
 泰麒は目を伏せる。
 このところ女仙《にょせん》が、黒|麒麟《きりん》を見せてくりゃれと、はやすことが多い。泰麒にも女仙たちがいっぱいの愛情を自分に注いでくれていることがわかるゆえに、できることなら転変して彼女たちを喜ばせてやりたいと思う。それでも、その方策がかいもく見当がつかないのだった。
「お焦《あせ》りになりませんよう。……泰麒はただ、のびのびとお暮らしになればよろしいのでございますよ」
「……うん……」
 汕子の腕に顔をもたせかけたときだった。
 甫渡宮のほうの迷路に、ふたりばかりの人影が見えた。
「……汕子。人がいる」
 汕子もまたそちらを見やってうなずいた。
「進香《しんこう》の女仙でございましょう。甫渡宮の祭壇に花と香を持っていったのです」
「女仙と一緒に帰ろうか、汕子」
 奇岩の上から下の小道まで、泰麒には下りることさえできない。立ちあがった汕子の腕に抱かれようとした刹那《せつな》、汕子がキッと顔を上げた。
「……どうしたの?」
 泰麒が問うた瞬間だった。汕子の姿が細い亀裂《きれつ》に吸いこまれるようにして消えた。
「汕子?」
「そこをお動きになりませんよう」
 声だけが──それもひどく緊張した声が──どこともしれぬ間近から聞こえた。
 泰麒は岩の上で身体《からだ》を硬くする。こんなことは初めてだった。汕子が険しい顔をするのも、あんな声を出すのも、不思議《ふしぎ》な力を現すのも。なにか──蓬山に来てはじめて、なにかが起こったのだと想像がついた。
 周囲に視線を配《くば》りながら、泰麒は我しらず息をひそめる。細く尖《とが》った岩にしがみつきながら、消えた汕子がどこかに見えないものかと、伸ばした首になにかがかすめた。
「……え」
 なにかが顔の横をかすめて飛んできたのだとはわかった。
 次いで、岩にすがった両手になにかが巻きついたのも感じた。ふいに強い力で両手を引っ張られ、奇岩の頂点から外へ向かって体が傾くのを感じた。
 わずかの一瞬に泰麒の目は捕《と》らえた。自分の両手に巻きついた細い鎖《くさり》と、その先についた重り。
 身体が宙に投げ出されてゆく。
 ──何者かによって、岩からひきずり落とされたのだ。
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