紫蓮宮《しれんきゅう》を訪ねてきた玉葉《ぎょくよう》は溜《た》め息《いき》をついた。景麒《けいき》は傍《かたわ》らで憮然《ぶぜん》とする。
「……泰麒はまだお小さくてあらっしゃる。それをお泣かせするとは」
「いじめたように言われるのは不本意です」
「わかっておりますとも。……それでも、もう少し言いようがおありでないかえ」
「本当のことを申しあげただけです。転変《てんぺん》の方法なぞ、問われてもお答えできない」
玉葉はさらに溜め息をつく。
「その申されようが、つれない。泰麒は不運にも長い間を蓬莱《ほうらい》でお過ごし。景台輔のようにはまいられぬ。もっと……」
「ならば同じ蓬莱生まれのよしみ、延《えん》台輔にでもお願いすればよろしかろう。わたしには向きません」
「景麒」
玉葉はたしなめる。
「妾《わらわ》は景麒にお願いしたのじゃぞえ。景麒にも泰麒にもよかれと思うてのこと」
「わたしは──」
「景麒の悩みを知らぬ玉葉と思《おぼ》しめしてか」
ぴしゃりと言われて景麒も深い溜《た》め息《いき》をつく。生国に残してきた王を思った。
景麒の主はごく普通に育った商家の娘、よく言えば繊細《せんさい》な女性である。悪く言えば、気が弱すぎる。玉座《ぎょくざ》をのんでかかることができない。日に日に萎縮《いしゅく》し、政務も放擲《ほうてき》して王宮の奥に隠れ、出ようとしない。叱《しか》っても励《はげ》ましても少しもよくならないどころか、あきらかに景麒を疎《うと》んじ対面を避ける様子さえ見せる。
「景台輔はけっして間違ったことを申されたわけではありますまい。──なれど、正しい方法が必ずしも最良の方法ではないことを、学ばれる必要があらっしゃる」
景麒は途方にくれる。なぜ正論だけではいけないのか。
「まずは、お気持ちを酌《く》んでさしあげることから始められませ。泰麒は気性の素直なお方。その方を怯《おび》えさせるようでは、景王のお心を安んじてさしあげることはできますまい」
ふたたび景麒は溜め息をついた。