小道を歩きながら、ゆきあった女仙《にょせん》に聞くと、女仙は背後、蓬廬宮《ほうろぐう》の外辺を示す。
「麝香苴《ゆうすげ》の苑《その》に。──あまり泰麒をいじめてくださいますな」
道を聞くたびに同じ小言を言われるので、景麒はひたすら憮然《ぶぜん》とするしかない。
「そんなつもりはない」
「つもりはなくても、景台輔のお言葉は冷たくてらっしゃるんですよ」
「こころがける」
それ以外に返答のしようがあろうはずがない。
鬱々《うつうつ》とした気分で奇岩の間の小道をたどり、出会う女仙ごとに小言やら皮肉やらを言われながら麝香苴が咲いた広場に出た。
景麒は少し立ち止まる。黄色い花が点々と咲いたなかに、白い女怪《にょかい》が四肢《しし》を折って座っている。その豹《ひょう》の身体《からだ》にすがるようにしてうずくまっている泰麒を見つけた。
変わった麒麟《きりん》だと思う。
麒麟であることは間違いないのだが、鬣《たてがみ》の色がちがうのでいまひとつ違和感をぬぐえない。
違和感の元はほかにもある。景麒は子供に慣れていないのだ。ちいさな体も細い手足も、別の生き物のようで馴染《なじ》めない。特にいまのように肩を落として丸くなっていると、なにやら胸の中がさわさわとして、落ちつかない気分にさせられた。
声をかけるか否かを迷っていると、先に女怪が視線を向けてきた。それに気づいたのか、泰麒もまた振りかえる。きょとんと深い色の目を見開いてから、あわてたように袖《そで》で顔をぬぐった。立ち上がり、深く頭を下げる。
「……さっきはごめんなさい」
「いえ」
言ってからあわてて言い添える。
「こちらこそ、申しわけない。わたしはものいいが冷たいようで……」
「いいえ」
泰麒は首を横に振る。どうしてあんなに細い首で頭を支えられるのだろうかと、不思議《ふしぎ》な気がした。
「ぼくがふがいないんです。本当に申しわけありませんでした」
「いや……。──そばに座ってもよろしいか」
「どうぞ」
景麒がかたわらに腰を下ろすと、泰麒もまたその場に座る。景麒は控《ひか》えるように何歩か下がって礼をとる女怪《にょかい》を見やった。
「泰麒の女怪か?」
「はい。汕子といいます」
「よい人妖《にんよう》だ」
言うと、泰麒は瞬《まばた》く。
「女怪にいいとか悪いとかあるんですか?」
「なくはない。汕子のようにたくさんの獣《けもの》が混じっているほど、よい人妖だとされる。──汕子、退《さ》がってよいぞ。泰麒には私がおつき申しあげるゆえ」
景麒が言うと、汕子は深く一礼して小道のほうに向かう。
消えずに歩み去っていく姿を見て、景麒はわずかに眉《まゆ》をひそめた。
「よい人妖だが、まだ力が解放されていない」
つぶやくと、泰麒は首をかしげる。鬣《たてがみ》が触れて麝香苴《ゆうすげ》が揺れた。
「泰麒のお力が解放されていないからでしょう。女怪は主人と縁が深い。麒麟《きりん》が病めば病むものです」
「ぼくは……病気なんでしょうか」
「それはもののたとえ。──しかし、ご病気だと申しあげるのが近いのかもしれない」
「そうですか……」
うなだれた子供を見て、景麒は息を吐く。どうにも落ち着かなかった。