汕子《さんし》は牀榻《しょうとう》で深く眠っている子供をゆする。
昨夜──正確には今朝も明け方近くまで黄海《こうかい》にいた泰麒《たいき》は、汕子の身体《からだ》に腕をまわして前後不覚に眠っている。無心な寝顔を見れば起こすにはしのびないが、そろそろ起きてもらわねば泰麒自身が後悔《こうかい》する。
「泰麒、お目覚めですか」
蓉可《ようか》の声がして、幄《とばり》が上げられた。中をのぞいて蓉可は苦笑する。
「……あらあら」
微笑《わら》ってから汕子を見た。
「ゆうべは遅かった御様子。……どうだった?」
蓉可に問われて汕子は首を横に振った。
明け方まで黄海をさまよったが、結局|妖魔《ようま》は捕《つか》まらなかった。景麒《けいき》と女仙《にょせん》とで易《えき》をたてて備えても、妖魔は視線を外《はず》して逃げてしまう。覇気《はき》が足りないのだと、言葉にはしないが景麒も汕子もわかっていた。
「……そう。さぞかし気落ちなさったでしょう。──おかわいそうだけど、起きてもらわないとね」
汕子はうなずいて、もう一度泰麒の体をゆすった。
「……泰麒」
蓉可は幔帳《まんちょう》を大きく開けて光を入れた。
「泰麒、お起きになってくださいまし。景台輔《けいたいほ》がお帰りになってしまわれますよ」
「……ん……」
ようやく泰麒が身動きした。寝返りを打って、それでまた寝息が聞こえてくる。
「まあ……」
「いとけないこと」
背後から声がして、蓉可も汕子もあわてて牀榻の入り口を振り返った。
「玄君《げんくん》」
玉葉《ぎょくよう》はふっくりと笑う。
「無理にお起こしするのも、なにやら無体よの」
「昨夜は遅かったのですから、どうぞそのまま寝させておあげなさい」
言ったのは玉葉の背後に控えた景麒で、蓉可はすっかりあわててしまった。
「御無礼を。──泰麒。お起きくださいまし」
「よい。そのまま休ませてさしあげよ」
景麒が言うのに、蓉可は強く首を振る。
「そんなことをすれば、あとで泰麒ががっかりなさいます」
汕子もまたうなずいた。
疲れ果てて帰って、それでもなお泰麒が寝つけなかった理由を汕子は知っている。それで強く身体《からだ》をゆすった。
「泰麒。……泰麒」
三度ゆすって、ようやく泰麒は目を開けた。まぶしそうに瞬《まばた》きをして、間髪《かんぱつ》いれずに飛び起きる。
「……台輔は」
汕子はその髪をなでつけた。
「まだ、おいでです」
泰麒は瞬きをし、そうして笑いを噛みころすようにして牀榻《しょうとう》をのぞきこんでいる大人《おとな》に目を留める。赤くなって頭を下げた。
「ごめんなさい……! おはようございます」