昇山の季節は、玉座を願う人々にとってもひとつの大きな祭礼だったが、女仙にとってもまたひとつの祭りだった。
女仙であることを後悔することは少なくないが、寿命が長いだけ人生にも飽《あ》いている。夏至を越えて、どの女仙も身支度《みじたく》に時間をかけるのは、なにも威儀を考えてばかりのことでもない。昇山の男たちをすました顔でからかうのは無条件に楽しかったし、そうこうするうちに本気になって、下山する男と一緒に下っていく女仙もいたりするのだ。
せっかく表に出たと言うのに、真っ先に駆《か》け寄ってきたのは、くだんの南瓜大夫だった。宮の近くに控《ひか》えていたらしく、泰麒たちが宮から出るなりすさまじい形相《ぎょうそう》で駆け寄ってくる。
地響きをたてて膝《ひざ》をつき、平伏する際に勢いあまって額を地に打ちつけたので、押し殺した失笑が女仙のみならず出遅れた人々の間からも漏《も》れた。
「ほ……蓬山公《ほうざんこう》にはご機嫌《きげん》うるわしく」
声がうわずっているのがおかしい。
「わたくしは戴国《たいこく》垂州《すいしゅう》司馬《しば》、呂迫《ろはく》と申すもの、そっ……そもそも馬州南擁郷《ばしゅうなんようごう》は──」
平伏したまま早口で、しかもつっかえ、とちりながら言われるので、泰麒には延々と続いた口上のほとんどが聞き取れなかった。
「──ご高顔を拝謁《はいえつ》なるは、光栄至極。公の万歳を祈念いたします!」
泰麒が困《こま》って蓉可を見上げると、蓉可は眉《まゆ》を上げて泰麒を見た。瞳《ひとみ》の色を読みとって、叩頭《こうとう》平伏した男に声をかける。
「……中日《ちゅうじつ》まで、ご無事で」
男はぱっと顔を上げ、巨体の肩を目に見えて落とした。
「……そう……そうか。……さようか」
つぶやいたまま悄然《しょうぜん》としている。蓉可が笑いを噛《か》み殺しながら泰麒の背を押した。
「さ、そのあたりをめぐってごらんなさいませ」
押されるままに男を何度も降りかえりながら歩いた。少し離れたところで、女仙《にょせん》のひとりが泰麒にささやく。
「いつまでも口上を聞いておられたので、まさかと思いましたよ、泰麒」
「……口をはさむ隙《すき》がなかったの」
「ああ、よかった。泰麒の主《あるじ》があれでは、お世話した甲斐《かい》がありませんもの」
心底|安堵《あんど》した女仙の様子に、泰麒は首をかしげる。
「あの人では駄目《だめ》なの?」
「天啓《てんけい》があれば、駄目もなにもありゃしませんけどね。ただ、仮にも王があんな南瓜《かぼちゃ》では、戴国の威儀も地に落ちようってもんです。美丈夫《びじょうぶ》である必要はありませんが、やはり見栄《みば》えがするにこしたことはなし。せめてもっとあかぬけた御人がようございますね」
「そんな……ものなんだ」
蓉可は笑う。
「真面目《まじめ》にお聞きにならないでくださいな。要は天啓の有無でございますから」
泰麒にそういった蓉可に、女仙たちが軽くくってかかった。
「あれ、蓉可。そうは言うが古今東西、醜《みにく》い王が立った試しなどあるものか」
「そうそう。顔に品格が出るということだろう。王になるべきお方は、見かけも王に足る品格があるもんだ」
「衆目がございますよ」
蓉可が低くささやいて、ぴたりと女仙が静まった。
それを笑って見渡した蓉可は、泰麒に向かって身を屈《かが》める。
「軽はずみなさえずりをお気になさいませんよう。泰麒はただ天啓をお待ちになればよろしいのですよ」
「……うん」