驍宗《ぎょうそう》は泰麒《たいき》と李斎を見比べる。
「公がご覧になりたいと」
「公ならば計都にも異存はありますまい」
驍宗は|※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞《すうぐ》を示した。
間近に寄ってみると、容姿よりもさらに印象的なのはその目だった。信じられないほど複雑で美しい色をしている。
「……あの、……この※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞は驍宗殿が捕《と》らえられたのですか?」
「ええ。騎獣を購《あがな》うのは好きではないので」
「どうしてです? 妖獣を捕らえるのは危険なのではないのですか?」
ふと驍宗の口角が上がった。泰麒はわずかに身をひいた。どこか太い笑みは、泰麒を意味もなくおじけづかせるものをもっている。
「野にあるものに枷《かせ》をつけて騎獣にするのだから、こちらも相応の犠牲を払わねば不公平というものでしょう」
「……ええ……はい」
驍宗は計都をいとおしげになでる。もうあの怖《こわ》い笑みは消えていた。
「これはわたしが捕らえて手懐《てなず》けた。剣とこれとが、わたしの宝です」
李斎は驚いたようだった。
「ご自身で調教なさったのか?」
「なんとか。調教師が悪いゆえ、いっかなわたし以外には馴《な》れぬ」
笑って言って、驍宗は泰麒見た。
「うかつに手をお出しになりますな。よくよく言い聞かせてはあるが、万が一ということがある」
「……はい」
「そういえば」
李斎は驍宗を見る。
「驍宗殿の剣は先の泰王《たいおう》から拝領されたとか」
「ええ」
「大層な名剣とうかがいました」
「さて、切れることは確かだが」
剣であるからには、飾りではない。──泰麒はそのことに思い至って身をすくめた。
驍宗は軍人だから、なにかを斬《き》ってそれをうけとり、なにかを斬るためにそれを帯《お》びているのだ。
「……やはり、お手柄で……?」
泰麒の問いに、驍宗は首を振る。
「軍功ではありません。以前、先王の御前《ごぜん》で延帝《えんてい》に剣のお相手を願う機会があって」
「お勝ちになった?」
「負けました」
驍宗は屈託《くったく》なく笑う。
「三本に一本しか取れなかった。先王はそれでも一本とったことを喜ばれて、剣を下してくだされたのです。──人を殺して戴《いただ》いた剣ではない。ですから宝なのですよ」
「やはり延《えん》王がお強いのですね」
「無礼を承知で申しあげれば」
またあの、どこか泰麒をものおじさせる笑みが浮かんだ。
「わたしに五百年の寿命があれば、延王に後《おく》れはとりません」
言い放つ、苛烈《かれつ》なほどの自信。
軽口を叩《たた》いていればさほど怖《こわ》いとも思えないのに、ときおり見せる表情が身をすくませるほど怖い。
「わたしも|※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞《すうぐ》が欲しいのですが……」
計都《けいと》を李斎は見やる。驍宗はあっさりと返した。
「よい狩場を知っている。お連《つ》れしよう」
「よろしいのですか」
「わたしもここでの用は終わった。あとは安闔日《あんこうじつ》まで※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞を探していようかと思っていたところ」
「計都をお持ちなのに?」
「もう一頭※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞がいれば、計都を半分休ませてやれる。三頭はなくてもいいが、二頭は欲しいもの」
「お気持ちはわかりますが、狩場を秘密にしておられなくていいのですか?」
「そんなことをしても始まらぬ。欲しい者が行って捕らえてくればよい」
「狩り尽くされねばよろしいのですが」
驍宗は薄く笑った。
「なに、どうせ主《あるじ》になるだけの器量がなければ捕まらぬ」