火の粉を散らして松明《たいまつ》の明かりが岩場に駆《か》けてくる。李斎《りさい》を乗せた飛燕《ひえん》が戻ってきた。東の空がようやく白みはじめようとしている。
「驍宗殿、妙な穴を見つけましたが」
「──ほう?」
驍宗は立ち上がった。
「少し離れた沼地の近くです。出入りした足跡がありましたが、それが|※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞《すうぐ》のものではないかと」
「巣穴かな」
「やもしれません」
「行ってみよう」
李斎は泰麒《たいき》を抱えあげる。飛燕に乗せた。驍宗もまた計都《けいと》に騎乗した。
その穴は岩山の切れ間、暗い色の水とも泥ともつかぬものをたたえた沼地のほとりにあった。水際からずいぶんと離れたところ、わびしいばかりの草がもうしわけ程度に生《は》えた地面に口を開いている。
降り立ってみると松明の明かりに、穴へ向けて幾条かの足跡が続いているのが見つかった。
驍宗は計都を止める。たったいま計都が残したばかりの足跡を比べてみると、※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞よりも大きな生き物のようだった。
「※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞ではないかもしれぬ。──なんだろう」
李斎は飛燕を降りて、穴の入り口をのぞきこんだ。
大きな石が組み合ってできた穴の入り口は、李斎の背丈ほどもあった。穴というよりは岩と岩とが噛《か》み合って、その隙間《すきま》が作った隧道《すいどう》というべきだろう。
隧道《すいどう》は少し行った先で曲がっているので奥は見えない。
「さきほど少し踏《ふ》みこんでみましたが、そうとう奥が深そうです。──入ってみますか?」
「龍《りゅう》が出るやもしれぬぞ」
「そういえば、黄海《こうかい》のそこにも龍宮があるとか」
驍宗もまた穴の奥をのぞきこむ。
「そう言うが、さてな」
「黄海の底に向かうにしては少し小さいようですね」
「……さて、どうしたものか」
李斎は少し怪訝《けげん》そうにした。
「入ってみないのですか?」
驍宗は返答する代わりに泰麒を見る。
「どうなさる?」
「あの……わかりません」
「では、少々中をのぞいてみるか」
李斎はすでに中へ踏みこんでいた。
「先に参ります。驍宗殿には公《こう》をお願いいたします」
「わかった」
泰麒は軽い不安に捕《と》らわれる。驍宗を見上げた。
「ええと……」
「怖《こわ》いか?」
首を横に振ろうとしてやめた。泰麒は正直に言った。
「……少し」
「──どうなされました?」
李斎はすでに曲がり角にかかっている。
「いま、行く。──公、わたしから離れぬよう」
「はい……」