「……長いな」
驍宗の声はこだまする。先を行く李斎が足を止めた。
「行き止まりです」
示した先は小さな広場になっている。歩いてきた隧道《すいどう》の床とは泰麒の背丈ほどの段差があった。
李斎は段差を飛び下り、岩の起伏が積み重なった広場を見まわした。
「……変だな、なにもいない」
「いないはずがない。かすかになにかの臭気がする」
泰麒は眉《まゆ》をひそめた。驍宗の言うとおり、なにかの臭《にお》いがする。
それはひどく嫌《いや》な臭気だった。なにやら胸騒ぎを誘《さそ》う臭い。
李斎は広場の床面をなす岩を上り下りして、斜《なな》めに突き出た平らな岩のそばで身をかがめた。後ろ姿が一歩ずつ遠ざかるのが、泰麒にはひどく不安な気がした。
「ああ、さらに下る穴がある」
「それか」
驍宗は泰麒を抱きあげて段差を飛び下りる。ひとつ岩を上がると、李斎がのぞきこんだ穴が見えた。
──その、暗い穴。
「なにか……いる」
泰麒はつぶやいた。
「──え?」
驍宗も李斎も泰麒を振りかえる。足元から震《ふる》えがたちのぼってくるのを泰麒は感じた。鼓動《こどう》が速まる。ひどい胸騒ぎがする。
「……戻りましょう。そこは、よくない」
「どうなさった?」
泰麒は驍宗の手を引く。李斎に向けてもう一方の手を伸ばした。
「そこは嫌《いや》です」
李斎は驍宗と目を見交わし、それから笑って穴の縁《ふち》に手をかける。
「中がどうなっているか、確かめるだけ」
「いいえ。──いいえ、だめです」
泰麒は李斎を止めに駆《か》け寄ろうとしたが、足を踏《ふ》み出した刹那《せつな》、岩の間からなにかが現れて前を遮《さえぎ》った。
「──行ってはいけません」
「|汕子!」
驍宗は唐突に現れた人妖《にんよう》の姿に、とっさに柄《つか》に手をかけたが、ほかならぬ泰麒がその人妖に抱きついたので力を抜いた。ではこれが、泰麒の言っていた女怪《にょかい》なのかと納得《なっとく》する。
李斎も驚いて、出現した白い人妖《にんよう》に目を見張っていた。岩に手をかけたまま半身を泰麒のほうへ向けた、その李斎の腕《うで》に突然なにかが巻きついたのはその時だった。
李斎は声をあげなかった。悲鳴をあげたのは驍宗の間近にいる子供のほうだった。
「──李斎!」
驚いた表情のまま、李斎の身体《からだ》は頭から穴の中に引きずり込まれた。あがく脚が一瞬目の中に焼きついて、我に返ったときにはすでに李斎の姿はない。
「──李斎──!!」
泰麒の声に応《こた》えるように、穴の奥から悲鳴が響いた。