人ではなかった己《おのれ》の実感。
泰麒《たいき》は人ではなく、獣《けもの》でもなく、巨大な──あまりにも大きな力の一部だった、その感触。
(ぼくは人ではない)
麒麟《きりん》であるということの確信。
(本当に、人ではなかったんだ……)
麒麟と呼ばれるものがどういった種類の生き物なのか、直感した。
天の一部であるもの。だからこそ天意を理解し、具現できるのだということ。
──迷いがあった。どこかで自分が自分以外のものであることを、信じきれていなかった。
やっと理解した。
自分が、いままで「自分」だと信じていた枠組《わくぐ》みを大きく超《こ》えた生き物であること。それは天に直結し、卑小《ひしょう》な自分の殻《から》のなかに、大きな力を注いでくれる。
「わたしこそ信じられぬ……」
ふいにどこか掠《かす》れた声がして、ようやく泰麒は我にかえり、この場にいるのが自分だけではなかったことを思い出した。
あわてて振りかえると、驍宗《ぎょうそう》は岩の間に座ったまま呆然《ぼうぜん》としているように見えた。
「饕餮《とうてつ》をからめとる麒麟があろうとは……」
泰麒は萎《な》えた足で立ち上がった。
今になって足が震えて、まっすぐに歩くことが困難だった。
「だいじょうぶですか? お怪我《けが》は」
「いや……」
腕《うで》に傲濫《ごうらん》を抱いたまま、ぺたりと驍宗のそばに座りこむ。松明《たいまつ》の明かりはすでになかったので、身を屈《かが》めた。どこか岩の亀裂から光が漏《も》れているらしく、穴の中は暗いものの、真の暗闇《くらやみ》というほどでもない。
傷の程度を測《はか》ろうと、顔を近づけて見まわしたが、驍宗の身体《からだ》のどこにも傷は見出《みいだ》せなかった。
「痛みますか? どこか折《お》れたんでしょうか」
仰《あお》ぎ見た驍宗は、しかし首を振った。
「どこも。──どこにも怪我《けが》などありません」
血の色のまなざしが意味深い。
「……嘘《うそ》を申しあげて失礼をした」
泰麒はきょとんとし、それから驍宗の意を理解した。
「驍宗殿……」