──動いてはならないのだということ。
自分が動けば、必ず泰麒の気がゆるむ。ゆるんだ瞬間にすべてが終わってしまうだろう。全身全霊で饕餮《とうてつ》を留《とど》めている麒麟《きりん》に、安堵《あんど》する隙《すき》を与えてはならなかった。
そしてまた、身動きをしてはならない。
断固として麒麟の気を散らすようなことをしてはならないのだと、そう了解していた。
それでその場にじっと座り、気配を殺してただ泰麒を見据《みす》えていた。
小さな子供がどういった方法でか、名にしおう妖魔《ようま》を押しとどめているのを黙って見つめながら、泰麒が覇気《はき》と呼んだものを理解していた。洞窟に満ちたものを、それ以外のどんな名前で呼べばよかったのか。
そうしてたぶん、泰麒と同じ気分を実感していた。
自分でも驚いたことに、驍宗は目の前の子供に畏《おそ》れを感じていたのだ。
「お助けくださり、ありがとうございました」
「いいえ」
泰麒は首を振る。
驍宗を背後に庇《かば》っていなければ、自分は必ず傲濫《ごうらん》の覇気に呑《の》まれただろう。
だがしかし、泰麒がくじければ驍宗の命もなかったのだ。逃げもせず動きもせず、じっと座って留まっていた。その胆力《たんりょく》に感嘆する。
「ぼくのほうこそありがとうございました。……驍宗殿はすごいなぁ……」
「その言葉はご自身に言ってさしあげなさい」
驍宗は微笑《わら》って、泰麒の汗を含んで重くなった髪を梳《す》く。
「見事なことだ。……戴国《たいこく》はよい麒麟を得た」
泰麒は目の前で柔らかな視線を向けてくる男を見上げた。
(ぼくは、まちがいなく麒麟なんだ……)
ねぎらってくれる手が本当に優《やさ》しく、それでかえって胸の中に穴をあがたれるような気がした。
(では……驍宗殿は確実に王ではない)