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十二国記205

时间: 2020-08-27    进入日语论坛
核心提示:「ええい、なにが起こってかい」 禎衛《ていえい》は堅く爪《つめ》を噛《か》む。かたわらに立った蓉可《ようか》はすでに顔色
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「ええい、なにが起こってかい」
 禎衛《ていえい》は堅く爪《つめ》を噛《か》む。かたわらに立った蓉可《ようか》はすでに顔色がなかった。
「まだ李斎《りさい》殿は気がつかいでか!」
 李斎の従者はおろおろとするばかりだった。
 明け方、人妖《にんよう》が抱えて戻ってきた李斎には意識がなく、ただ無惨な傷痕《きずあと》だけがあった。当の人妖は李斎を置くと、委細の説明をせずにいずこへか消え去ってしまった。
 それだけでも肝《きも》のつぶれる思いがするのに、そのうえ女仙《にょせん》の叱責《しっせき》。頼みになるはずの主人は、夕刻も近いというのにいまだ意識が戻らない。
「李斎殿を信じてお出ししたのに、その李斎殿が帰って、泰麒《たいき》がお帰りにならぬとはどういうことかえ」
 そうは言われても、ただ平伏するしかありはしない。
「もしも万が一のことがあってみや。その時はその女もおまえたちも、けっして生かしておきませんぞえ」
 さすがに周囲の女仙がとがめようとしたときに、ふとざわめきが聞こえた。
「──なにか」
 見まわした禎衛に、女仙のひとりが遠方を示した。
「禎衛! ──|※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞《すうぐ》が、あれに!」
「……驍宗《ぎょうそう》殿!」
 陽射しを浴びて白く、※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞が駆《か》けてくるのが見えた。
 後ろには天馬《てんば》を従えている。李斎の随従《ずいじゅう》が声をあげた。
「飛燕《ひえん》!」
 鞭《むち》のように長い尾を引いて駆けてきた獣《けもの》と飛燕とは、一足に近くの天幕《てんまく》を飛び越えて、音もなく人垣の近くに着地する。騎乗した驍宗と、驍宗に抱かれた子供の姿が見えて、どっと歓声が起こった。
「──驍宗!」
 禎衛は人垣をかきわけ、※[#「馬+芻」、unicode9a36]虞のそばに駆けつけた。
「いったいなにが起こってか! どういう──」
 叫びかけた禎衛を、驍宗が黙るように示す。
「泰麒は……」
「おやすみです。どうかお起こしになりませんよう」
 そっと言われて、禎衛はそばに忍び寄った。惧《おそ》れていたような傷もなく、ましてやどんな災難の痕《あと》もなく、子供は驍宗の腕《うで》の中で眠っていた。禎衛はようやく力を抜く。
「……ご無事でいらっしゃったか……」
 驍宗は泰麒を抱いたまま乗騎を降りた。
「よろしければ、このまま宮までお連《つ》れいたそう」
「その前に、なにがあったか申してみや。場合によっては許しませぬぞえ」
 驍宗は笑った。
「公《こう》は、お疲れになっただけでしょう。計都《けいと》にお乗せするや否や、眠ってしまわれた」
「……こんな時間まで。午《ひる》にお帰しくだされとお願いしたはず。お恨《うら》みしますよ」
「申しわけございません。──宮にお連れしてもよろしいか。お起こしするには忍びない。事情は道々」
 どこか含みのある言葉に、禎衛は周囲を見渡した。興味深げな衆目《しゅうもく》に気づいて、とりあえずうなずいた。
「……ああ、ではお願いいたしましょう」
 禎衛は女仙《にょせん》をうながし、先に立って門へ向かう。驍宗を蓬廬宮《ほうろぐう》の中へ招《まね》き入れた。
「──それで、どういうことです」
 迷路をたどりながら問う。
「折伏《しゃくぶく》に時間が」
 禎衛は目を見開いた。蓉可をはじめ、背後に従った女仙がざわめいた。
「折伏……? 泰麒が?」
「公ご自身から、使令《しれい》は持たぬとお聞きしたが」
「ええ……。そうです。そのことは……」
「むろん、誰にも申しあげません。戴《たい》があなどられるのも我慢がならぬ話、しかもすでに公は使令を持っておられる」
 禎衛は微笑《わら》う男と、眠った泰麒を見比べた。
「では……?」
「見事に使令に下された。夜明け前からにらみ合っておられたが」
 禎衛は深い息を吐く。幾重もの意味で安堵《あんど》した。
「そう……だったのですか。そうとは知らず無礼を申しました。お許しくだされ」
「いいえ」
 笑った男の腕《うで》の中に目をやる。
 よほど疲れたのか、こころもち眠った顔色が悪い。──だが、そんなことはなんでもないことだ。ゆっくり休ませてやればすぐに回復するだろう。
 折伏《しゃくぶく》ができたのなら、転変《てんぺん》も可能にちがいない。
 これでもう蓬山公《ほうざんこう》に傷はない。泰麒が悩むこともなければ、その場しのぎの慰《なぐさ》めを口にのぼらせる必要もないのだ。
「……よかったこと……」
「──さすがは黒麒《こっき》と申しあげるべきか。……饕餮《とうてつ》です」
 禎衛は瞬間、驍宗を見返した。
「いま、なんと?」
「饕餮を使令《しれい》にくだされた、と申しあげた」
「……そんなばかな」
 女仙《にょせん》の間から悲鳴に似た息が漏《も》れる。
 それはありうべからざることだ。饕餮は使令にならない。麒麟《きりん》に折伏できるような生易《なまやさ》しい妖魔《ようま》ではない。
「わたしもおどろきました」
 驍宗は抱えた子供に視線を落とす。深く眠っているのだろう、睫毛《まつげ》の先まで死んだように動かない。
「たまたま八卦《はっけ》がうまくはたらいたにせよ、並の麒麟ではあらせられぬ。……先々が案ぜられる」
「失礼な」
「お気に障《さわ》ったならお詫《わ》び申しあげる。──他意はござらぬ。ただ、あれほどの力があって、無自覚なのがなにやら不安な気がしたまで」
 禎衛もまた眉《まゆ》をひそめた。
「これを機会に、自信を持ってくださればよいが。──わたしを守ろうと必死になってくださったようだが、守るものがなくては必死になれぬのだとしたら、それは危険なことに思われる」
「ええ……」
「あれほどの力をお持ちにしては、覇気《はき》が薄い。ご自分に自信がおありでないのか、それともほかに理由があるのか……。いずれにしても、今後のご成長が楽しみなような、不安なような」
「ご心配には及びませんとも」
「そうであらせられればよいが。……これを言うのは戴国の民としては許されぬことやもしれないが、できるだけ長く蓬山におられたほうが公ご自身のためであろう」
 禎衛はまじまじと驍宗を見た。
 この男は物の道理をわかっている。天啓《てんけい》のないのが、惜《お》しまれるほどだ。
 驍宗は抱えた子供を見やった。
「それにしても、見事な麒麟だ。……無念だな」
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