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十二国記206

时间: 2020-08-27    进入日语论坛
核心提示:「李斎《りさい》殿、お加減はいかがですか?」 泰麒《たいき》が天幕《てんまく》の中をのぞきこむと、横になっていた李斎が身
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「李斎《りさい》殿、お加減はいかがですか?」
 泰麒《たいき》が天幕《てんまく》の中をのぞきこむと、横になっていた李斎が身体《からだ》を起こした。
「──公《こう》」
 随従《ずいじゅう》は最小限、長い旅があるのだから、持ち運びを考えて天幕はけっして贅沢《ぜいたく》なものではない。内部のしつらえもごく簡素で、かろうじて必要なものがそろっているだけだった。ただし、蓬山《ほうざん》は気候がよい。とりあえず中の様子《ようす》が見えない程度のものでよかったから、薄く軽い布地で設けられた天幕は、その分ずいぶんと広かった。
 その天幕の奥、やはり簡素な寝床の上に身を起こして、李斎は上着を引き寄せて羽織《はお》る。泰麒はそれをとどめた。
「どうぞ、寝ててください」
 言って泰麒は、天幕《てんまく》の中に控えていた随従《ずいじゅう》に水差しを渡す。
「今日は女仙《にょせん》のおつかいで来たんです。──これを」
 李斎は無礼にならない程度に衣服を調《ととの》えて頭を下げた。
「ありがとう存じます」
 随従にすすめられて李斎の間近に座り、泰麒は彼女の顔をのぞきこんだ。
「傷の具合はいかがですか?」
「いただいている仙水《せんすい》のおかげで、すっかり痛まなくなりました」
「……よかった」
 息を吐くようにして言ってから、泰麒は首を傾けた。
「傷が残らないといいのですけど」
 李斎は微笑《わら》う。
「どうぞそんなにご心配くださいませんよう。仙水もいただいておりますし、もともとわたしは仙人のはしくれですから、たいそうな怪我《けが》にみえてもたいしたことはなかったりするのです」
 泰麒は李斎を見つめて不思議《ふしぎ》そうに瞬《まばた》いた。
「……仙人、なんですか? 李斎殿も?」
「州侯師《しゅうこうし》でも、将軍になれば仙籍《せんせき》に入って仙人になります。そうでなければ州侯のおそばに仕《つか》えることができませんから」
「どうしてですか?」
 今度は李斎が驚く番だった。
「ご存じないのですか? 州侯も人ではなく仙ですから。州侯の城には仙人でなければ出入りできませんし、そもそも州侯はたいへんな長寿でいらっしゃるので、そばに仕える者も、ただの人では長くお役に立てません」
「はぁ……」
 本当に理解できていない様子《ようす》に、李斎は呆《あき》れた。この麒麟《きりん》はついさきごろまで蓬莱《ほうらい》で育ったのだとは聞いていたが、蓬莱には仙人がいなかったのだろうか。
「神仙には本来、寿命がないのです」
「そうなんですか?」
 李斎は軽く溜《た》め息《いき》をついた。
「……公も神仙のおひとりですよ。おわかりですか?」
「ぼくも、ですか?」
「そうです。そもそも王が神籍《しんせき》の方、いったん王になると歳《とし》をとることもなければ、よほどのことがないかぎり亡くなることもない。──少なくとも、ご病気で亡くなるようなことはまずありません」
「そうだったんだてすか」
「麒麟《きりん》も神籍の生き物です。王と同じように老いもなければ、病《やまい》もない。傷にも強いし、めったなことでは亡くなったりしません。もっとも、麒麟だけがかかる病というものもありますけれど」
 泰麒はきょとんと目を見開いて、しばらくなにかを考えるようにした。
「……じゃあ、ぼく、このまま歳をとらないんですか?」
「大人《おとな》になってしまわれると、そのまま歳をとらないのだと聞いています」
「……それは……ちょっと変な感じですね」
「女仙《にょせん》たちは自分たちにも老いも病もないので、お教えするのを失念していたのですね。──とにかく、そうなんですよ」
「はぁ」
「仙人は王が任じます。ふつう、王のそば近くに仕《つか》える者や、州侯《しゅうこう》、州侯の側近はぜんぶ仙人です」
「王様だけ長生きでもしかたないですもんね」
 李斎は苦笑する。
「さあ、理由までは存じあげませんが。──仙にも、老いも病もありません。ですが、これは仙人でいる間だけのことです。神籍とちがって、仙籍は出入りができます。仙人になったり、仙人をやめたりできるんです」
「仙人をやめると、普通に歳をとりますか?」
「そのようですよ。あまり自らやめる者はありませんけどね。たとえばわたしのように将軍職をたまわって、それで仙籍に入ったものは、将軍を辞《や》めたり辞めさせられたりしたときには仙籍を返上します。そういう、王から仙籍をたまわって、王の下で働く仙人を地仙《ちせん》と申しますが」
「へぇ……」
「それ以外の──自分で請願をたてて仙人になった者や、王に任ぜられても特に王に仕えていないもの、そういう仙人を飛仙《ひせん》と申しますね。蓬山の女仙は飛仙です」
「そうだったのか……」
 言って泰麒は息を吐いた。
「前に、禎衛《ていえい》に歳《とし》をきいたことがあったんですけど、禎衛は覚えてない、って言うんです。ひょっとしたら、本当に覚えてないくらい長生きをしてるのかもしれませんね」
「かもしれませんね」
 李斎は軽く笑う。
「──ですから、わたしの身体《からだ》のことも、さほど心配いただくことはないんです。普通の人よりもずっと丈夫なんですから」
「よかった」
「わたしなどより、公はいかがですか? もうお身体はおよろしいのですか?」
「はい、すっかり。ぼくのは、疲れたのと、ちょっと血を見てびっくりしただけですから。本当はもっと早くにお見舞いに来たかったんですけど、女仙《にょせん》がなかなか出してくれなくて」
「……面目ございません」
 恥じ入ってうつむいた李斎の顔を、泰麒はのぞきこむ。
「李斎殿のせいじゃないです。ぼくが麒麟《きりん》のせいなんです」
「……いいえ」
 李斎は首を振って、それ以上は口にしなかった。
 黄海《こうかい》を侮《あなど》っていた。そこに住む妖魔《ようま》のなかにはとうてい李斎程度には太刀打《たちう》ちできない者もいることを失念していた。なまじ腕《うで》に覚えがあって、よほどの妖魔でも斬《き》ってのける自身があっただけに、用心を怠《おこ》った。
 ──そうして、同じ将軍職を賜《たまわ》る者として、驍宗《ぎょうそう》に対する意地がなかったとはいえない。危険かもしれない場所だとどこかでわかっていながら、躊躇《ちゅうちょ》して意気地のない奴よ、と思われたくなかった。
「申しわけございません」
「あの……本当に李斎殿のせいじゃないですから。あんなところに饕餮《とうてつ》がいるなんて、誰にもわからなかったことだし、李斎殿は自分を盾《たて》にしてぼくを逃がそうとしてくださったんだし、それにあのおかげで、使令《しれい》を下すことができました」
 李斎は熱心に言いつのる子供を見返す。
「……公はお優《やさし》しくていらっしゃる」
「本当なんですよ」
 真剣な顔でうったえる泰麒に、李斎は微笑《ほほえ》んだ。
「それよりも仙水をありがとう存じます。おかげさまでなんとか中日《ちゅうじつ》には下山できそうです」
 泰麒はちょっと目を見開いた。
「……下山……」
 ──考えてみれば当然のことだった。
 李斎は女仙《にょせん》たちのように蓬山に住んでいるわけではない。次の安闔日《あんこうじつ》は秋分、公開の南東にある令巽門《れいせんもん》が開く。
 逆算してみて、李斎が蓬山にいられる日々が半月を切っているのに気がついた。
 ……そして。
 李斎の天幕《てんまく》を出、声をかけてくる人々に生《なま》返事をしながら歩いていた足を止めた。
(そして──)
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