泰麒《たいき》は李斎とふたり、奇岩の間の小道を歩く。
「なりたくないわけではありませんが、わたし以上にふさわしい人がいるのなら、その方にやっていただきたいと思います」
「……李斎殿はご立派《りっぱ》ですね」
つぶやくように言って、どうしたわけかうなだれた泰麒の顔を李斎はのぞきこんだ。
「本当にいかがなされたのですか? お元気がない」
「なんでもありません」
そうとはとうてい見えなかった。
「なにかお悩みでも?」
重ねて問うと、泰麒は李斎を見上げる。
「李斎殿は、驍宗《ぎょうそう》さまが王になられると嬉《うれ》しいですか……?」
李斎は瞬《まばた》きをし、そうして、理解した、と思った。
「嬉《うれ》しゅうございますとも。驍宗殿ならご立派《りっぱ》な王におなりでしょう。……前にそう申しませんでしたか?」
「おっしゃいました」
「もしも驍宗殿ではなく、わたしが選ばれていたら釈然としなかったろうと思います。自国の王が、こだわりなく尊敬申しあげることができる方なのは嬉しいものです。よくぞ選んでくださったと、公《こう》にはお礼申しあげたい」
泰麒は微笑《わら》おうとしたが、できなかった。
「公がお気になさることはないのです。王は天が選ぶものなのですから」
李斎のなぐさめは、傷をえぐることしかできなかった。
「──台輔《たいほ》は、あまりめでたくない様子だな」
李斎を見送って戻った泰麒に、驍宗はそう言う。
「そんなことはありません」
「李斎も怪訝《けげん》そうにしていた。……台輔をみていると自分が麒麟《きりん》をかどわかしたような気がする」
「まさか……」
そばに控《ひか》えていた蓉可《ようか》が笑った。
「台輔は蓬山《ほうざん》をお離れになるのがお寂しいのでございます。蓬莱《ほうらい》を離れてわずか、しかもまだお小さくていらっしゃる。そのうえようやく慣れたものを、またお移りになるのですから」
なるほど、と驍宗は言ったが、蓉可の言葉は泰麒の胸を貫いた。
蓬山を離れることも、女仙《にょせん》と別れることも考えなかった自分を思い出した。
驍宗は泰麒を手招きする。
「──蓬莱生まれなら名があるな。なんという?」
首をかしげながらそばに寄ると、驍宗は笑った。
「台輔と皆から呼ばれるのは、大役を念押しされているようで息が詰まろう。──名は?」
「……高里《たかさと》、要《かなめ》です」
掌《てのひら》の上に文字を書かせて、驍宗は笑う。
「名はよいな。文字どおり戴国《たいこく》の要となるのだから」
泰麒は目を伏せた。
「姓は面白《おもしろ》い。高里《こうり》という山が蓬山にあるのを知っているか?」
「いえ」
「死者の魂魄《こんぱく》が返るという。草冠《くさかんむり》をつければ、死者の住む山の名だな。いっそ不吉で縁起《えんぎ》がよかろう」
「死者の……」
つぶやいた泰麒に、驍宗はうなずく。
「死気はやがて生気に転じる。死者もやがて生者に還《かえ》ろう。──蒿里《こうり》、おまえが戴にとってもそのように、再生を約束するものであるように」
泰麒はうなだれた。
罪を犯した身を無限に苛《さいな》む。しかし、もはや引き返す術を見つけられなかった。