──ちょうど、その頃。
天下の北東に位置する戴国《たいこく》、その首都|鴻基山《こうきさん》の頂上にある白圭宮《はっけいきゅう》の奥まった一郭《いっかく》にある二声宮《にせいきゅう》で声が上がった。
二声宮は、主《あるじ》とその身の回りを世話する小官が十人ほどの小さな宮である。その二声宮で、突然高らかな声が上がって、小官たちはにわかに色めきたった。
高らかな声を発したのは、宮の主、主は一羽の白雉《はくち》である。
「白雉──鳴号《めいごう》!」
小官のひとりが気色を満面に浮かべ、大声を上げながら宮を飛び出していった。
「一声《いっせい》鳴号!」
声の行く先々で喧騒《けんそう》が生まれる。それが王宮全体を揺るがす歓声となるまでにいくらの時間もかからなかった。
白雉は一生に二度しか鳴かない。その鳴き声もふた通りしかなかった。よって白雉を二声と呼ぶ。
最初に上げる声が「一声」、二度目に上げる声が「二声」である。二声を鳴いた白雉は一刻を待たずに死ぬ。それで二声を「末声《まっせい》」ともいった。
そうして、一声は「即位」、二声は「崩御《ほうぎょ》」。──白雉はその生涯にただ二度だけ人語をもって鳴くのである。
白圭宮の白雉《はくち》は十年前に生まれ、今日まで鳴いたことがなかった。
──すなわち、一声である。
「白雉|鳴号《めいごう》! 一声《いっせい》鳴号!」
声は居宮である内殿《ないでん》から、政庁である外殿《がいでん》までを駆《か》け抜けて、あたりは歓喜の声に騒然とする。
「──泰王《たいおう》、即位!」
同時にその頃。東方の慶国《けいこく》、首都|堯天《ぎょうてん》。その王宮、金波宮《きんぱきゅう》にも声が通る。
「梧桐宮《ごどうきゅう》、開扉!」
官の声に景麒《けいき》は顔を上げた。
背《そむ》けた顔を深く伏せ、景麒が読み上げる六官の奏上を聞くともなく聞いていた景王《けいおう》もまた、なにごとかと顔を上げた。
女官《にょかん》があわてて窓を開ける。
時をおかず、一羽の鳥が窓から飛びこんできて、部屋に設けられた金の止まり木に羽を休めた。
「白雉鳴号」
梧桐宮の主《あるじ》、鳳《ほう》だった。
梧桐宮には鳳と凰《おう》のつがいが住む。牝《めす》の凰は他国の凰と意志を通じることができ、対するに牡《おす》の鳳は他国の大事を鳴いた。
鳳は高らかに声をあげる。
「戴国《たいこく》に一声──泰王即位」
景麒は鳳をまじまじと見つめ、それからかすかに笑みを漏《も》らす。
景王|舒覚《じょかく》は自国の麒麟《きりん》の珍しい笑みに一瞬|呆《ほう》けた。
そしてまた、その少し後。
蓉可《ようか》は蓬廬宮《ほうろぐう》の小道から空を見上げた。
抜けるように青い空、蓬山《ほうざん》の頂上から北東に方角へ向けて一条の瑞雲《ずいうん》が伸びていくのを見つけた。それは玄武《げんぶ》が雲海に残した、いわば航跡だったが、蓉可はそれを知らない。
ぼんやりと雲を見送る蓉可の横で、数人の女仙《にょせん》が同じようにしてぽかんと空を見上げていた。
「泰麒……」
愛《いと》しい子供はあっけなく去った。
祭りは口惜《くちお》しいほど短く、蓬山に寂しい季節が巡《めぐ》ってきた。
──次の麒麟《きりん》が実るまで、また幾年もかかることだろう。