朱衡がさもおかしそうに笑うので帷湍は憮然《ぶぜん》とする。他人にすればさぞ面白い噂話だろうが、帷湍にすれば笑うどころの話ではない。本気で死ぬ覚悟だったのである。
さすがにその当初は帷湍も王を敬って、愚痴《ぐち》ひとつ言わないという敬虔《けいけん》さだったが、あっという間にそれも絶えた。殊勝にしていては身がもたない。賭博《とばく》で有り金をなくし、政務に戻ってこれない王に対していつまでも頭を下げてばかりいられるものか。
「なんと懐《ふところ》の広い方だと、感動した自分が憎いぞ、俺は。懐が広いわけじゃない、単にのんき者なんだ、あいつは」
「帷湍殿、口を慎《つつし》まれたほうがよろしくはないか? いま少しご身分を弁《わきま》えられて、礼をお忘れにならないほうが御身《おんみ》のためかと」
「──お前にだけは言われたくないな」
帷湍は朱衡を見る。朱衡はもともと春官《しゅんかん》の一、内史《ないし》の下官だった。王が内史府を巡視したときに、王に対して朱衡は言ったという。
すでに謚《おくりな》は用意してある。興王と滅王がそれだ。あなたは雁を興《おこ》す王になるか、雁を滅ぼす王になるであろう。そのどらちがお好みか、と。
帷湍が指摘すると、朱衡は軽く笑った。
「なに、大夫《だいぶ》のまねをしたまで。どうやらそのほうが出世のためのようだったので」
「それは通らんな。あれは登極《とうきょく》三日目のことだろう。俺はまだ謹慎中だった」
「そうでしたか? いや、寄る年波のせいで物覚えが悪くて」
お前な、と帷湍は朱衡の済ました顔をねめつけた。彼らはともに若いが、それは外見だけのこと、すでに年波を語ってもおかしくはない実年齢になった。
「そのわたしが朝士《ちょうし》ですからね。いやはや、なんとも主上はお心が広い」
──どっちも嫌《いや》だな、と王は答えた。
朱衡の無謀の動機も、帷湍の動機と大差ない。朱衡もやはり、死を賜《たまわ》る覚悟だった。そもそも朱衡は国官ではなく、国官の内史が己《おのれ》のために雇《やと》い入れた府吏《げかん》、王に向かって直接口をきくことさえ罪に値するのである。怒ってこの場で死を命じるか、それとも。
見守る朱衡の前で新王は顔をしかめた。
「どちらも断る。そういう凡百《ぼんぴゃく》の言葉で名づけられたのでは恥ずかしくてしょうがない」
え、と問い返す朱衡に王はまじまじと視線を向けた。
「史官というのは、その程度の文才で務まるのか? 頼むから、もう少し洒落《しゃれ》た名前を考えてくれ」
「ええ……あ──はい」
「お前、史官に向いていないのではないのか?」
そうかもしれません、と恥じ入った朱衡の許《もと》に勅使《ししゃ》が来た。よくても解任かと肚《はら》を括《くく》っていた朱衡を内史の中級官である御史《ぎょし》に召し上げ、のちに秋官《しゅうかん》朝士に任じたのである。