疾風《はやて》の速度で空を駆ける悧角の背にまたがり、元州《げんしゅう》の沿岸をうろついていて、六太は人にすれ違った。正確には、妖魔に騎乗した子供とすれ違ったのだ。
驚いたなどというものではない。巨大な狼《おおかみ》には翼があり嘴《くちばし》がある。それはおそらく天犬《てんけん》と呼ばれる妖魔だろう。その背にもひとりの子供がいた。ともに疾風の速度、交わったのは一瞬だけ、まさしく、邂逅《かいこう》である。
「戻れ、──追え!」
六太は即座に使令《しれい》に命じた。
「台輔《たいほ》、あれは妖魔です」
悧角の警告に、六太はうなずく。
「分かってる。だから戻るんだ。麒麟《きりん》の使令ならともかく、どうして妖魔が人を乗せる。とんでもない話だぞ、それは」
海上を探し、赤毛の妖魔にまたがった相手に出会った。子供は六太の追いついたのをみとめ、怯《おび》えたように身をすくめたが、妖魔のほうが奇声を発して殺意をみなぎらせると、太い首を背中から抱いてそれを押しとどめた。
「──だめ。だめだよ」
歳《とし》の頃は六太よりも少し下だろうか。青みを帯びた黒い髪に、青白い顔の小柄な男の子だった。麒麟なら髪は金だ。六太のように。これは麒麟の本性、鬣《たてがみ》の色なのだから。
おい、と声をかけるとびくりとする。相手が怯えているのを悟って、六太は極力人好きのする笑顔を浮かべてみせた。
「お前、誰だ?」
子供は青い顔で首を振る。海上は冷たい風が吹きすさんでいる。子供は襤褸《ぼろ》のような布を幾枚も身体に巻いていた。
「おれは六太ってんだ。こんなとこで会うなんて奇遇だよな。おれ、空の上で誰かに会ったのなんか、初めてだ」
子供はうん、と小さくうなずいた。子供もまた空で人に会ったのは初めてだという意味だろうか。
「お前、どっかに行く途中か? 急ぎの旅か?」
これにもただ首を振るだけで答える。六太はにっと笑ってみせた。
「おれ、どっかで昼飯、食おうと思ってたんだ。よかったらお前も一緒に食わないか?」
子供はきょとんと目を見開いた。
「……一緒?」
六太は笑ってうなずく。下の浜を示した。手を差し出したかったが思いとどまった。不用意に何かをすれば逃げられてしまいそうだったのだ。
「嫌《いや》か?」
六太が訊《き》くと、子供は妖魔の顔をうかがうようにする。首をかしげてその顔をのぞきこんでから、小さくうなずいた。
「……いいよ」