六太は足を止め、振り返る。官のひとりが膝《ひざ》をついていた。
「おそれながら、台輔《たいほ》にお目通りを願いたいという者が」
「おれに? ──官か?」
いえ、と官は答える。
「それが、国府《こくふ》のほうへ畏《おそ》れおおくも台輔の御名をあげて面会を求めたものが。宮中で働いている、などと申しましたが、不審なことに宮中には台輔と同名の者がおりません。いちおうお耳に入れたほうがと」
六太は目を見開き、足を踏み出した。
「名を名乗っていたか?」
「はい。それが、更夜《こうや》と言えば分かるはずだと」
信じられない、と六太は胸の中でひとりごちた。二度と会うことはないだろうと思っていた。さらに言うなら、生きてはいないかもしれないとさえ思っていたのだ。
「いま行く。──国府だな?」
「雉門《ちもん》に待たせてございます」
「すぐに行くから、決しておろそかにしないように。いいな?」
は、と頭を下げた官を見やって、大急ぎで踵《きびす》を返した六太を、足を止めた尚隆らが首を傾げて見守っていた。
「──驚いたな。下界に知り合いがいたのか」
「おれ、尚隆と違って友達多いしー」
「友だと?」
「そ。──そういうわけで、おれちょっと出かけるから」
「午後の政務は」
こほん、と六太は咳払《せきばら》いして姿勢を正す。
「いかなる災異の前触れか、あるいは不徳の報いか、どうやら急疾のようでございます。本日は退《さが》らせていただきたく」
尚隆はにんまりとする。
「これは大事。黄医《こうい》を呼ぼうか」
黄医は麒麟《きりん》の主治医である。
「ご厚情はもったいなく存じますが、それほどのことでは。自室に退《さが》って横になっております。──そう言っといて」
亦信《えきしん》、と尚隆の傍《かたわ》らに控えていた成笙《せいしょう》が、側に直立していた小臣《しょうしん》を呼んだ。
「お供しろ」
「いいよ、成笙。そんなんじゃねえし。ホントに友達」
すでに走り出しながら六太は言ったが、成笙は目線で亦信を促《うなが》す。亦信は一礼して六太の後に続いた。