六太《ろくた》はおとなしく更夜に縋《すが》るようにして妖魔の背中に乗っている。確かに妖魔から血の臭いはしなかった。更夜が言った、言いつけを守っているという言葉は嘘《うそ》ではない。
中天の太陽が大きく傾くまでの空の旅の間、更夜は六太に問われるまま、斡由《あつゆ》に仕《つか》えるようになったまでを語った。
「卿伯《けいはく》は本当に頑朴へ連れていってくれて、そこでいろんなことを教えてくれた。ろくたにも──ああ、大きいのにも餌《えさ》をくれて喰《く》わせてくれた。だから大きいのは生き物を襲わなくてよかった」
「じゃあ、最近はぜんぜん襲ってないのか?」
「そうでもないけど。──卿伯が俺を護衛に召し上げてくださって。拾われてから三年ぐらいしてからかな。危険があれば卿伯を守って人でも獣でも襲うよ。──襲わせる。努めだからね」
そうか、と六太はつぶやく。下げた視線の先に、傾いて赤く染まった陽を浴びて大きな街が見えてきた。ひょっとしたらその街は関弓よりも大きいかもしれない。
「あれが、頑朴?」
「そう。──関弓よりも綺麗《きれい》な街だろう?」
それは事実だった。街は関弓よりも整備され、見下ろした周辺の山野も、関弓の周辺に比べ、ずっと緑が多かった。
「元州は豊かなんだな……」
六太がつぶやくと、更夜は笑って振り返る。
「だろう? 卿伯がいるからね。卿伯はいい人だよ。街の者にも本当に慕《した》われている」
言ってから、更夜は少し六太の表情をうかがうようにした。
「延王《えんおう》よりも、頼りになるって」
六太はこれにうなずいた。
「かもしんない。尚隆《しょうりゅう》は莫迦《ばか》だから」
更夜は目を丸くする。
「六太は延王が好きじゃないの?」
「別に嫌っちゃいないけど。けどあいつ、本当に莫迦なんだもん」
「なぜそんな莫迦に仕《つか》えている?」
「しかたないから。──更夜は斡由が好きなんだな」
六太が訊《き》くと、更夜は笑んだ。
「卿伯のために六太を脅して攫《さら》ってくるぐらいにね」
──だが、斡由は逆賊だ。六太は言葉を呑《の》みこんだ。六太を攫わせただけで罪状は明白、しかもしばしば元州の者がやってきては武器を仕入れていくという。謀反《むほん》だ──他には考えられない。
王は麒麟《きりん》が選ぶ。そのように決まっている。だが、その決まりを受け入れないものもいる。王を倒して玉座《ぎょくざ》を狙《ねら》った者は歴史につきない。
六太は背後を振り返った。靖州《せいしゅう》のある山々は遠く霞《かす》んで見えない。
尚隆はどうするだろう。──少しは狼狽《ろうばい》するだろうか。