「──乗騎を出せ」
「主上」
「少し散歩に出るだけだ。固いことを言うな」
この小臣は毛旋《もうせん》という。彼は深い溜め息をついた。
「いつもいつも。──おれが手引きしてることがばれたら、大僕《だいぼく》に絞め殺されてしまうんですけど」
「その時は必ず候位をくれてやる」
「死んだ後にもらったって、ぜんぜん嬉《うれ》しくありませんよ」
「ならば特例で公を」
「冗談じゃない。──出してさしあげますけど。その代わり、おれもお供しますからね」
「そういう野暮《やぼ》なことを言うものじゃない」
毛旋は呆《あき》れた顔をした。
「いまがどういう時かお分かりなんですか、まったくもう」
「こういう時こそ、まあ、いろいろとな」
「すぐに戻ってくださいよ。そうそういつもいつも行方《ゆくえ》をくらまされた、なんて、言いわけを続けていたら大僕に左遷《させん》されてしまう」
尚隆は笑った。
「そのときには何とでもしてやろうよ」