だから、城下の人間の中で最初に異変に気がついたのは六太だった。海からの風に血の臭いが混じる。不穏な気配を感じて海を見守ること三日、浜に死体が打ち上げられた。城下の漁師の死体だった。
「──何が起こってるんだ? お前なら知ってるだろ?」
港で釣り糸を垂《た》れている尚隆に六太は訊《たず》ねる。
「村上《むらかみ》氏を知っているか」
「知らない」
「小松《こまつ》と同じ、対岸に根をはる海賊の裔《すえ》だ。河野《こうの》に仕《つか》えていたが、河野は応仁文明《おうにんぶんめい》の乱《らん》以来|手綱《たづな》が緩《ゆる》んでいる。あれがどうやら動きだしたようだな」
六太は目を見開く。
「……大丈夫なのか」
「さてな。──村上はこの国がほしいだろうな。対岸からここまでを制圧できれば瀬戸内《せとうち》に関を築くに等しい。まあ、遠からず攻めてくるだろう」
「逃げるんだろ? そう言ってたよな」
尚隆は苦笑する。
「親父に村上の傘下《さんか》に入れと言ってはいるが。果たして言うことを聞くかな。矜恃《きょうじ》だけは高い男だから」
「……城下も戦場になるだろうか」
尚隆は声を上げて笑う。
「それはなるだろう。なにしろこの地より他に領土がないからな。後退するだけの領地があればいいが、あいにく小松の領は猫の額《ひたい》だ。小松もいちおう水軍のはしくれだが、相手が名高い因島《いんのしま》水軍では果たしてどれだけ拮抗《きっこう》できるものかな。しかも村上三家は結束が固い。不利と見るや、能島《のしま》来島《くるしま》の連中まで出てくるだろう」
講釈でも垂《た》れるような淡々とした口調《くちょう》を聞いて、六太は尚隆の横顔をまじまじと見た。
「お前、他人事《ひとごと》のように言うんだな」
「うろたえても始まらんからな。頼りの大内《おおうち》も周防《すおう》へ向けて後退ぎみ、なんとか村上の攻勢をしのいだところで、弱ったところを小早川《こばやかわ》に突かれるかもな。肚《はら》を据えねばしかたない」
言って尚隆は苦笑する。
「安全を買うためにばらまけるほど、姉妹も娘も持っていない。血縁を頼る国もないに等しい。──まあ、肚を括《くく》るしか備えることがない」
「お前、後継ぎだろう? 自分の命も危ういって分かってるか?」
だから、と尚隆は笑う。
「肚は括った。──お前も戦端が開かれる前にここを出るのだな。西へ行け。まだしも西のほうが大過《たいか》なかろう」