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十二国記266

时间: 2020-08-30    进入日语论坛
核心提示: 戦いがある、という噂《うわさ》は速やかに城下に広がった。土地も家も船もない流民たちの姿が消え始めた。ひょっとしたら尚隆
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 戦いがある、という噂《うわさ》は速やかに城下に広がった。土地も家も船もない流民たちの姿が消え始めた。ひょっとしたら尚隆が故意に噂を流していたのかもしれない。さすがに城下をふらふら出歩く尚隆の姿を見かけることはなくなった。漁に出る者たちは武器を携《たずさ》え、湾岸の小島に物資が運ばれていく。
 ──痛いほどの緊張の中、やはり六太はそこにとどまっていた。あれほど疎《うと》んじていた戦火がやってくる。それでもこの国を立ち去る決心がつかない。
 そんなある日、六太が身を寄せている漁師の家に、屋形《やかた》から足軽がやってきた。六太に小金を渡し、逃げろ、と言う。
「若が、土地に義理のない子供が死ぬことはないってさ」
 尚隆は、と訊《き》けば、すでに早朝、島の出城に渡ったという。
「若は働き頭だからな。ああ見えて腕のほうだけは確かなんだ」
 六太は渡された小銭を握って浜へ行く。岩場から入り江近くの島を見た。島をめぐる桟橋《さんばし》、そこに停泊した武装した船。入り江側には軍船の船溜《ふなだ》まりができている。
「──どうなさるのですか」
 その女声は六太の足元、影から聞こえた。六太には返答ができなかった。
「王ではないのですか」
 沃飛《よくひ》に指摘されて六太は唇を噛《か》んだ。
「王がここにいらっしゃるから、蓬山《ほうざん》を捨てて海を越えていらしたのではないのですか」
「そんなんじゃない。そんなつもりじゃなかったんだ」
「遠くの島に軍船が集結しております。ここにいれば延麒《えんき》にも禍《わざわい》が」
「分かってる……」
 六太は手の中の小袋を握りなおした。
「沃飛、──悧角《りかく》」
 はい、と返答する姿なき声。
「万が一のことがあれば尚隆を守れ。敵を殺したりはするなよ。ただ絶命の危機にだけ攫《さら》って安全な場所に移せばいいから。……あいつは恩人だから死なせたくない」
「けれど」
「行け。おれには他の使令《しれい》がいるから」
 はい、と僕《しもべ》たちの声が聞こえた。
 ──尚隆には助けてもらったから。
 そう言い聞かせても、それだけではないことを自分で分かっている。
 ──もしも尚隆が死んだら、雁《えん》はどうなるのだろう。
 それでいいのだ、という声があり、本当にいいのか、と問う声がある。
 天命はひとりにしかないものだろうか。だとしたら尚隆が死ねば、雁は王を失う。勝ち目のない戦いだと、城下の誰もが言っている。
 尚隆だけなら救う方法がないではない。王に押し上げて、雁へ連れて帰ってしまえばいいのだ。けれどそれが、雁に再び戦火を呼ぶことになったら。六太は王という生き物を信用することができない。本当に尚隆は国を救うだろうか。傾いた雁を完膚《かんぷ》なきまでに滅ぼしつくすことも、尚隆にはできるのだ。
「どうしておれ、麒麟《きりん》なんだろ……」
 民意の具現と言いながら、民の声は聞こえてこない。あの国土に残った幾万かの民に、どうすると問うことができればいいのに。
 
 ──戦端が開かれたのはわずかにその三日後。城を包囲した村上水軍に対し、小松勢は善戦した。六太は逃げられなかった人々と陸にとどまって、それを見ていた。島の城が落ちない限り、とりあえず陸まで村上勢がやってくることはない。
 そして六日目、六太たちは背後から鬨《とき》の声を聞いた。
 入り江奥の山を越えて村上勢が後背を突いたのだ。
 真っ先にもっとも奥の丘陵にあった櫓《やぐら》が炎に包まれた。山際から街に火が放たれ、六太らは海岸へ追いつめられた。かろうじて小舟で島へ向かう六太らの目の前で屋形《やかた》が包囲されるのが見えた。隅櫓《すみやぐら》に火の手があがり、大手門が押し開かれる。
 尚隆の父親、小松の領主は屋形からの敗走の過程で死に、敵に包囲された海賊城の中で、尚隆は国を継いだ。
 ──小松氏滅亡のわずかに四日前のことである。
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