捕らえられてふた月ちかくが経《た》とうとしていた。
どうすればいいのだろう、と六太は思う。何もかもが間違っている。更夜《こうや》が敵であること、斡由が謀反《むほん》を企《たくら》むこと、そして自分がこうしてのほほんと虜囚《りょしゅう》になっていること。せめて州城を抜け出して王なり王師なりを説得できればいいのだが、とうてい城を出してもらえるとは思えない。
頑朴《がんぼく》周辺には軍が展開して、すでに王師を迎え撃つ態勢である。頑朴一点の戦いにもちこむ気だろう、諸処に派遣された州師も呼び戻されて、大軍が頑朴城下に結集していた。
それを見るたびに、何とかしなくては、と思う。頑朴の西、漉水《ろくすい》を望む山の上に王師の炊煙《すいえん》が現れた。あとはもう戦うしかないのだ。戦端が開かれるまで、もう何日もないだろう。
何かをしなければならない。だが、何をすればいいのか分からない。時間がない。一刻も早く動かなければ取り返しがつかなくなるかもしれないのに。
じりじりと牢《ろう》の中で爪《つめ》を噛《か》んでいると、驪媚《りび》が居ずまいを正して側へとやってくる。腕に子供を抱いたまま、六太の前に座った。
「台輔《たいほ》、いったい何を思い悩んでいらっしゃるのか、わたくしにおっしゃっていただけませんか?」
別に、と六太はつぶやいた。
「単に憂鬱《ゆううつ》なだけ。悩みってほどのことじゃない」
「どうかあまり思い詰められませんよう」
「思い詰めるほどのことじゃねーし。──それよか、斡由って本当に人気者なのな。城内の人間が斡由を悪く言うのって、聞いたことがない。これが尚隆《しょうりゅう》ならほとんどの人間が無茶苦茶言うんだけどなぁ」
驪媚は軽く息を吐いて、寝かしつけた子供の身体を叩く。
「たしかに斡由は能吏《のうり》でございますけれど、王とは比べるべくもございませんよ」
「お前って、本当に尚隆の肩を持つのな。──けど、斡由のほうが断然働き者だぞ。ここへ来てから、斡由がぼんやりしてるのって見たことがないもんな」
「──台輔」
「勇猛果敢でよく条理を知り、鷹揚《おうよう》で懐《ふところ》が広いとさ。尚隆も斡由を見習うといいんだよなぁ。なんか斡由に任せたほうが少しはマシなんじゃないかって気がしてきた」
驪媚はさも不快そうに眉根《まゆね》を寄せて中腰になった。
「台輔、それはもちろん戯《ざ》れ言《ごと》でおっしゃっているのでしょうね?」
「本気だったりして」
「なぜそのようにおっしゃるのですか。台輔はご自身がお選びになった王を信じてはいらっしゃらないのでしょうか」
「信じるもなにも」
六太は笑った。
「あいつ、ホントに莫迦《ばか》なんだもん」
「王は決して愚《おろ》かではいらっしゃらない。少なくとも、わたしは君たるにふさわしい方だと思っております。だからこそ、お仕《つか》えしてるのでございますよ」
「あ、ひょっとして驪媚は尚隆に気があるんだ」
「台輔!」
本気で怒っている様子の声に、六太は軽く首をすくめた。自分でも分かっている。六太は焦《あせ》っているのだ。だから驪媚に絡《から》まずにはおれない。
「情けのうございます。……なぜ台輔はいちいちに主上を軽んじられるのですか。そこまで愚かと言われるのなら、なぜ主上に玉座《ぎょくざ》をお勧めになったのです」
「おれに聞かないでくれ。そういうことは天帝に言ってもらわないと」
台輔、と驪媚は改めて居ずまいを正した。
「わたしは牧伯《ぼくはく》を拝命する際、主上にすまぬと詫《わ》びていただきました」
「尚隆が? ……そりゃあ、珍しい」
「諸侯は王の臣ではない、権を制約すれば必ず反発があるであろう、と」